美少女ハーレム物のパイオニアである『天地無用!』は、1992年にOVAとして制作され、ライトノベル化された作品です。90年代後半のラノベのヒット作に該当します。
この作品の主人公である柾木天地は、確固たる自己主張ができず、勝手に押し寄せてきた女の子たちに八方美人な態度を取って、彼女たちに振り回される『ヘタレ主人公』です。
しかし、その気弱で受け身な態度が、女の子たちから、やさしいと受け止められ、好かれることになります。
このようなヘタレ主人公は、2000年代のヒット作からは、徐々に姿を消すようになりました。
理由は、「オレはこんなに精神的に弱くて情けない奴じゃない!」と、ヘタレ主人公に感情に移入していた読者からの反感を買ったからです。
先ほど私は、2008年8月発売『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の主人公、高坂京介と立場を交換したいというような事を言いましたが、京介兄さんのように、身体を張って妹を守ることは、まず無理です。
彼は、これといった長所もなく、普段はハイスペックな妹に見下されて、命令されているような人間ですが、妹のピンチに際しては、自分が不利な立場に追い込まれることも顧みず、驚くべき行動力を発揮して、トラブルを解決してみせます。
このような勇気のある態度が、妹の信頼や、他の女の子たちからの好感を呼んでいるのです。
特筆すべきは「オレは妹が大好きだ!」と、妹がいる前で他人に公言してしまっている点です。
ヘタレ主人公は、明確な意志を持たず、受け身な態度を取るのが特徴ですが、京介は自分の好意をストレートに妹に伝えてしまっています。
彼の妹、桐乃はツンデレヒロインとして有名ですが、彼女は、理由もなくデレデレしてくるのではなく、このような京介の行動と態度の積み重ねによって信頼関係が構築され、その結果として、兄を慕う態度を見せてくるのです。
2008年1月発売の『生徒会の一存』の主人公、鍵も、美少女ハーレムを作るために、猛勉強して、最下位からトップの成績を得るようになったり、友達の名誉を守るために戦ったりと、意志の強さや男気があるところを見せます。
女の子たちのいる前で「俺は美少女ハーレムを作る!」と、自分の目的を堂々と公言してしまっているところも、それを証明しています。
嫌われるリスクより、自分がありのままの自分でいることに、重きを置いているのです。
このような行動と態度が、女の子たちからのまんざらでもない好意を引き出しています。
2007年02月発売『バカとテストと召喚獣』の主人公、明久も同様で、クラスのリーダーである悪友に対して、堂々と自分の意見を主張します。また、学園最高の学力を誇るAクラスに挑むために、彼を焚きつけたり、自己保身のために悪知恵を駆使したり、と自分の手で現状を打破するために、勉強以外の点に関しては、積極的に努力する姿勢を持っています。
なにより、「女の子のうち誰が一番好きだか、わからない」というようなヘタレな態度は取らず、好きな瑞希の転校を阻止するため、召喚大会での優勝を狙う、といった純真な一面を持っています。
女の子たちによる『萌え』と『癒し』、楽園のような温かい人間関係が、これらの作品に共通する要素ではあるのですが、この主人公たちは、それを受動的に手にしているのではなく、自らの主体的な行動の結果、手にしているのです。
もちろん、非常にラッキーなポジションにいることは否めませんが……
これは、女の子たちからは癒されたい、でも弱くてヘタレな男ではいたくない。という、読者の複雑な心理を上手く掬い上げていると言えます。
また、あまりにも主人公に都合の良い萌え萌えの展開だと、リアリティが感じられないばかりでなく、「お前らはこんなのが好きなんだろう?」と、バカにされているように感じてしまいます。
このため、そこにスパイス的に現実の苦さも入れられています。
『俺の妹』なら、妹にバカにされているという状況とオタク差別、『生徒会の一存』なら、主人公や女の子たちの悲しい過去、『バカとテストと召喚獣』なら、学内最低の設備のクラスと、学力差別、救いがたいバカという現実が、これに該当します。
●補足、ツッコミ役というポジション
『涼宮ハルヒの憂鬱』の語り部キョンと、『僕は友達が少ない』の主人公、小鷹は、団員、部員といったメンバーのおかしな行動に対するツッコミ役、というポジションにいます。
キョンの場合は、ヒロインに対して本気で注意できたり、メンバーを守るために啖呵を切ったりすることもあるため、頼りにされており、『ヘタレ』という印象をあまり受けません。
小鷹は、友達が少ないという設定のため、ヘタレっぽいですが、ヒロインに対して上から目線で意見を言えること、クラスメイトから恐れられている喧嘩の強いヤンキーという面もあるので、ヘタレ属性を緩和できています。
●新世紀エヴァンゲリオンの主人公、碇シンジの変化
1995年10月から放送され、記録的な大ヒットアニメとなった『新世紀エヴァンゲリオン』の主人公、碇シンジくんは、気弱で女の子に対してハッキリ意見ができないヘタレ主人公でした。彼は、作中で徐々に成長して、自信を身につけていきますが、最終的にヘタレに逆戻りし、危機に際して自分の殻に閉じこもって悩むだけの男となり、なんとも後味の悪い結末を迎えました。
しかし、エヴァンゲリオンのストーリーを再構築した2009年6/27公開の『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』では、シンジは、ヘタレではなく、伝統的なスーパーロボット物の主人公の精神を受け継いだ、熱血で好きな女の子を助けて不幸な結末を変えるヒーローとして描かれていて驚きました。
これは、旧作では周りの歪な人間関係のために、彼は成長の途中で挫折してしまったが、新作では、周りの人間関係が比較的良好な物に変っていたため、健全に成長できた結果なのだそうです。ここには、周りの環境が良好であれば、人間は健全に成長できるのだ、とするメッセージ性が込められていると考えられます。
このメッセージ性は、過酷な競争社会の『自己責任論』に囚われて悩んでいる人々に対する癒し、として機能しているのではないか、と思われます。
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