一般文芸小説は、現実世界を描写した小説です。
一方、ライトノベルは、漫画、アニメの世界を描写した小説です。
「ガウリイ……」
「リナ……」
「その剣ちょーだいっ!」
こけけっ!
ガウリイがかなり大袈裟につっ伏した。
引用・神坂一『スレイヤーズ!』
こちらは、ライトノベルの元祖的な作品である『スレイヤーズ』第一巻(1990年1月発売)の文章です。
主人公のリナと、その相棒ガウリイの感動の再会シーンなのですが、リナがガウリイの持っている剣が伝説の「光の剣」だと知って、それを欲しがっている場面です。
この場面を見ていだたくと、よくわかると思いますが、これは非常に漫画的な表現です。
まず、「こけけっ!」という擬音によって、ガウリイが「転けている」ことがわかると思います。
しかし、彼が「転けている」ことを理解するためには、「こけけっ!」という擬音の持つ意味を知っていなければなりません。
こういった擬音は、漫画の表現技法として使われているもので、登場人物が「転けるようなギャグシーン」に挿入されます。
漫画にまったく馴染みのない人がこれを読んだとしたら、登場人物がお笑い番組のコントのような遣り取りをしているのだ、ということを直感的に理解できずに戸惑うでしょう。
現実の人間同士のやりとりでは、例え、どんなに肩すかしを食らったり、意外な相手の反応に遭遇したとしても、「転ける」「大袈裟につっ伏す」といったオーバーリアクションを取ることは、まずありません。せいぜい苦笑する程度です。
もし、オーバーリアクションを取るのであれば、それはコントを意識して、周囲からの笑いを引きだそうと狙って行なうことになります。
しかし、この場面では、ガウリイ以外の人間は、リナ一人しかおらず、ガウリイは彼女から笑いを引きだそうとしているのではありません。
これは明らかに読者を意識した反応です。
ガウリイの反応は、現実の人間のそれではなく、『読者の笑いを取ろうと狙って行なわれている漫画キャラクターの反応』なのです。
つまり、ライトノベルは、漫画のお約束を理解している層に向けて書かれている。
現実ではなく漫画の世界を描写している、ということがわかるかと思います。
もちろん、これは『スレイヤーズ』のみに当てはまることではなく、本作品一巻の18年後に発売された『生徒会の一存』(2008年1月発売)などにも、言えることです。
以下は、嫌いな怪談話を聞かされそうになって、慌てて話をそらそうとする美少女の生徒会長の様子を見て、主人公とそれ以外の少女たちが彼女を怖がらせてやろう、と決意した場面の引用です。
会長の慌てる様子を見守り。
生徒会メンバー全員の眼が、きゅぴーんと怪しく輝いた。
『(これは面白いネタになる!)』
引用・葵せきな『生徒会の一存』
この文章を読んで、ほとんどの人がデフォルメされたアニメ絵的な登場人物たちが、眼を光らせている漫画の一コマを連想されたと思います。
「きゅぴーん」というのが、漫画、アニメ的な擬音だからです。漫画、アニメの世界では、登場人物の眼を獣のように実際に光らせることで、『何かを執拗に狙っている』などの心理を表現します。この際に挿入される擬音が「きゅぴーん」です。
「眼が、きゅぴーんと怪しく輝いた」という文章を、現実の人間の様子を描写している物だと解釈すると、何を意味しているのか、良くわかりません。
「きゅぴーん」という擬音が、どんな状態を指しているのか、現実世界に照らし合わせると意味不明だからです。
これも、漫画、アニメでお馴染みの表現技法を、そのまま小説に持ってきた物です。
ライトノベルで描かれている登場人物たちは、現実世界の生身の人間ではなく、漫画、アニメの身体性を有した『キャラクター』なのです。
この場面の生徒会メンバーの目は、比喩でも何でもなく、実際に光っていたのです。
なにしろ、彼らは漫画、アニメ的な世界に生きている人間(キャラクター)なのですから。
『チャンスだぜ明久。パパと捲っちまえよ。あんな可愛い子のスカートの中なんて、そうそう拝めるもんじゃねぇぜ?』
はっ!? お前は僕の中の悪魔!? くそっ! 僕を悪の道に誘惑しに来たな! 舐めるなよ! 僕の正義の心が負けるものか!
引用・井上堅二『バカとテストと召喚獣』一巻
これは2007年1月発売の人気作『バカとテストと召喚獣』の作中で、主人公・明久の心情を描写した場面です。
ここに出てくる悪魔、というのは、漫画、アニメでのお約束と化している「天使の心と悪魔の心」の葛藤を小説内で表現した物です。
漫画、アニメでは、登場人物が悩んでいる時、彼(彼女)をデフォルメしたような天使と悪魔が、その耳元で、正反対の主張を行ないます。このようにして、登場人物の心の葛藤を、視覚的に表現するのです。
『バカとテストと召喚獣』は、この漫画のお約束を小説内でそのまま使っています。
ライトノベルが従来の一般文芸小説とは異なり、漫画、アニメ的な表現技法を、その中に取り込んでいる良い例です。
明久は、この後、自分の中の『天使の心』が現れないことに自らツッコミを入れます。
漫画のお約束を当たり前とし、それをズラして、笑いを取っているわけです。
これは同時に、彼が漫画的なお約束の世界で生きていることを自ら証明している、彼の身体性が生身の人間というより、漫画、アニメの『キャラクター』のものであることを意味します。
ライトノベルは、漫画、アニメ、ゲームなどと親和性が高く、『オタク文化小説部門担当』と呼ばれることもあります。
これはライトノベルが、漫画、アニメ的なストーリーを提供しているだけでなく、漫画、アニメのお約束や表現技法を取り込んでいるからです。
そこで描かれているのは、現実の人間ではなく、漫画、アニメ的な空想世界で生きるキャラクターです。
このため、漫画、アニメ、ゲームといったサブカルチャーに馴染みがない人が読むと「滅茶苦茶な文章で書かれている意味不明な……小説?」といった印象を受けることになります。
一方で、ライトノベルが一般文芸小説の流れを組んでいるのも確かで、ライトノベル作家出身の直木賞作家、桜庭一樹さんといった方もおり、文学的な表現技法もそのまま使えます。
非常に懐の深いメディアであると言えます。
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