鈴忌さんのコラム 2007年
こんばんわ、鈴忌です。
まずは猫の盛りさん、非常に勉強になる知識をありがとうございます。
(参照 『銃に関する知識』)
お礼と言ってはなんですが、鈴忌も小説に使う小道具の無駄知識を、いくつか出させて頂きたいと思います。鈴忌が取り上げる小道具は「薬」です。
薬も小説でよく使われますが、銃に負けず劣らず誇張が多いのでネタは色々とありますので……
「できません」
クロロホルムをハンケチに数滴垂らして、相手にそれを嗅がせて気絶させるというシーンはラノベに限らず良く出てきますが真っ赤な嘘です。
クロロホルムで気絶させるには相当量を吸引しなければならず、ハンケチに染みこませて口元に押し当てるだけでは絶対に気絶しません。
(気分は悪くなるかもしれませんが……)
さらに、クロロホルムを気絶するほど吸引すると、腎臓や肝臓に回復不能な障害が発生することがあるので、「気絶→腎不全→死亡」となりやすいです。
また、クロロホルムが肌に触れると爛れるので、口元に押し当てたりすれば酷いことになります。
最悪、火傷のような一生消えない傷痕が残ります。
現在、クロロホルムが人体麻酔用に使われることはありません。
希に動物の麻酔に使われることはあります。
「存在します」
歯医者の麻酔で使われる「笑気ガス」や「エーテル」を大量に吸引させると意識が飛びます。
また、入手は困難ですが外科手術で使われる「イソフルラン」や「セボフルラン」なども有効です。
ただし、どれも一瞬で気絶ということにはなりません。
早くて三十秒、遅ければ一分ぐらい必要です。
しかも、ガス状なので吸引させるのがわりと困難です。また、どれも量を過ぎれば死亡します。
ドラッグの一種ですが「5MeO-DMT」。(日本でも規制され有名になった5MeO-DIPTとは別物)も気絶させるには有効な薬物です。
「5MeO-DMT」は常温では固形ですが、30mg程度を熱して気化させた気体を吸引すると、十五秒ぐらいで気絶して1時間ぐらい起きません(ちょっと暴れるかもしれませんが)。
「できます」
睡眠薬は効果に個人差が大きい薬なので、万人に有効とは言えませんが、強い薬を使えば大抵は意識を失います(実際、犯罪にも多用されています)。
よく小説に出てくる睡眠薬としては「ハルシオン」が有名ですが、実は「ハルシオン」はあまり強い薬じゃないです。
睡眠薬には短期型(2~3時間で効果が切れる)や長期型(6~8時間、効果が持続する)など、色々あるので一概には言えませんが、犯罪に使われる睡眠薬として強力なのは、「ロヒプノール」や「サイレース(成分はロヒプノールと同じ。ジェネリック医薬品、いわゆるゾロです)」です。
「ハルシオン」だと個人差が強く出るので10人中5人ぐらいはケロッとしてますが、「ロヒプノール」だと10人中8~9人は意識を失います。
しかも、短期型の「ハルシオン」と違い、「ロヒプノール」だと一晩ぐらいは起きません。
ただし、薬は薬効成分以外に整形用(錠剤の形を作る)として、デンプンなどが混ざっている、というより9割ぐらいはデンプンなので、お酒に混ぜると沈殿物ができます。そのため、注意深い人なら気が付きますね。
日本ではまだ一般的ではありませんが、アメリカとかだと特に女性は、お酒を飲む前に沈殿物に注意を払う人も少なくないです。友人でも信用できません。
味については、お酒の場合は殆ど味を変えないと思って大丈夫です。
希に、一舐めで分かるほどに死ぬほど苦い薬もありますが……
ちなみに、「ハルシオン」が小説に良く出てくるのは二つの理由があります。
一つは「ロヒプノール」がアメリカでは法的規制対象になっていて手に入りにくいこと。
睡眠薬犯罪の多いアメリカでは「ハルシオン」がいまだに主流です。
もう一つは「ハルシオン」が比較的短時間、空腹時15分~30分。通常時30分~1時間半で、効くという点です。
現在、「ハルシオン」にせよ「ロヒプノール」にせよ日本国内での入手は非常に簡単です。
悪用できる知識なので、医者で処方してもらう以外の入手方法は敢えて伏せますが、小説を書く目的でネットを検索すればすぐに色々と分かるとは思います(苦笑)。
ちなみに「ハルシオン」は既に少し古い薬で、最近は身体への負担が軽い、「マイスリー(ハルシオンと同じ超短期型の睡眠薬)」が病院では主流です。
「ほぼ無理です」
通常の市販薬は、効果よりも安全性を優先しているので、健康な人だと10箱ぐらい飲んでもまず死ねません。
オーバードーズ(薬の過剰摂取)で吐いたり胃が荒れたりで苦しむだけです。
病院に運ばれると胃洗浄をされますが、これは苦しいです。
薬によっては、死なずに変な障害が残ることもあります。
胃潰瘍、十二指腸潰瘍、肝機能低下、腎機能低下などが多いです。
通常の市販薬は、動物実験などで半致死量、摂取した動物の50%が48時間以内に死に至る量や、無毒性量、長期間摂取させ続けても異常が出ない量を測定した後で、"さらに100分の1の量"に計算し直して1日の使用量が決められます。
なので、通常使用量の10倍程度ではビクともしません。
100倍飲んで、まぁ五分五分でしょうか。薬によっては絶対死ねないものの方が多いです。
ちなみに、睡眠薬+お酒での死亡例は「嘔吐物が喉に詰まっての窒息死」が殆どです。
酔って吐くが睡眠薬効果で起きないから死ぬ。薬の作用で死ぬわけじゃないです。
例外は薬物同士の相乗効果(MAO阻害薬+ロヒプノール、バイアグラ+亜硝酸エステル)や、既往症(糖尿病+ある種の抗生剤)や、薬のアレルギーですね。
上手く組み合わせると、殺人トリックなどにも使えます。
ラノベで推理系は珍しいかもしれませんが……。
一応、市販薬で普通に買える範囲で死ねる組み合わせもあるのですが、悪用できる知識なので敢えて伏せます。
その3と同じでネットで検索すれば出てきますけどね。知りたい方は調べてみて下さい。
「違います」
よく、スパイ物や軍事物で自白剤を注射するとペラペラと喋り出すような描写がありますが嘘です。
自白剤は要するに精神の抑制を取る薬で、向精神薬や広義の麻薬に近いです。
つまり、意識が朦朧として精神的に開かれた状態になりやすいので、自白しやすいということですね。なので、薬物訓練を積んでいると結構ガードできます。
また、意志の強さで何とかなってしまうレベルでもあります。
命の危険を顧みない大量投与だと別ですが……
もっとも、安全な薬物ではないのでよほどじゃないと使わないですね。
日本にも大量に流入している「MDMA(通称 エクスタシー、×、罰、玉)」という合成麻薬がありますが、あれも自白剤になります。
大量服用しなければ危険性が低い薬物なので、アメリカでは精神カウンセリングで使えないかと研究と臨床が始まっています。
患者が心を開きやすいように微量を投与してからカウンセリングする目的です。
日本の一般高校生ぐらいで手に入れられる自白剤は「MDMA」ぐらいでしょうね。
もちろん、違法ですが入手は非常に簡単です。
「なる薬もあります」
時々、市販薬や処方薬を(広義の)麻薬代わりに使っている小説がありますが、実際に(広義の)麻薬に近い効果をもつ市販薬や処方薬はあります。
ただし、それが(広義の)麻薬より安全かといえば「安全ではない」という答えになります。
よく「市販薬を利用した麻薬モドキだから安全」みたいな使われ方をすることが多いのですが、あれは全くの嘘です。
むしろ、効果を出すためにオーバードーズすることが多いので危険ですらあります。
市販薬だろうが処方薬だろうが薬は薬です。依存性もあれば、副作用もあります。
むしろ、国によっては合法的に販売されている「大麻(通称 マリファナ、ハッシシ、葉っぱ、93)」の方が安全性は高いです。
WHOが大麻の危険性の低さを研究して発表してます。
それと、漫画「パタリロ!」でもやっていたミスですが、「市販薬から合成した麻薬だから安全で合法」というのも嘘っぱちです。
某風邪薬(咳止め)から有効成分を抽出して、簡単な化学操作を行えば、「覚醒剤(アンフェタミン、メタンフェタミン)」が作れるのが事実です。
「覚醒剤」の成分に変化した時点で「違法」ですし「危険性も覚醒剤と同様」です。
プロ作家でも良くやるミスなので注意しましょう。
似た例で「合法麻薬(脱法ドラッグ)」だから「本物の違法な麻薬」より安全であるというのも嘘です。
単に法規制が間に合っていない「新薬」というだけで、使用例が少ない分リスクは「覚醒剤以上」です。
国の麻薬対策サイト(「ダメ! 絶対!」のアレです)の知識は非常に偏っていて、間違いもあるので鵜呑みにしてはいけません。
もちろん、一見の価値がありますが、自分で文献などを当たって調べるきっかけ程度です。
「そんなことはありません」
現に、中国製のダイエット薬に含まれている「麻黄(物質名 エフェドラ)」で死者が出ています。
小説に限らず「自然物は合成物より安全」という間違った認識が拡がっていますが、嘘っぱちです。
自然物でもトリカブトは猛毒ですし、実がオクラに似ている朝鮮アサガオ(ダチュラ)は、毎年何人もの人間が誤食して病院に担ぎ込まれます。
要するに薬効とは「入っている成分」の問題であり、自然物だろうが合成物だろうが「入っている成分」が同じなら、「同じ効果と同じ危険」があるわけです。
ただし、自然物は不純物が大量に混ざっているので、合成物より薬効の効果が小さいです。
そのため、少々分量を間違えても危険は低いです。
また、不純物の相乗効果で合成物にはない有効な働きをする漢方もあります。
上で書いたダイエット薬に含まれる「麻黄(エフェドラ)」にしても、同じ効果を持つ「エフェドリン(主に喘息の薬に使われます)」という合成物があります。
「麻黄」で「エフェドリン」と同じ薬効を出したいなら大まかに10倍ほど飲まないといけないのですが、これは逆に言えば少々量を間違えても危険性が低いことを意味します。
もっとも、それでも長期服用したり持病との相乗効果があったりで、死亡例が出ているわけですけどね。
■むすび
猫の盛りさんと、基本的にスタンスは同じです。
嘘を知っていて、嘘を描くのと、嘘と知らずに嘘にしてしまうのは、どっちが良いのかとオイラは思うのです。
つまりは、↑ということですね。
薬ネタは銃ネタと同じぐらい色々突っ込みどころが多いのですが、取り敢えずパッと思いついたところをいくつか書いてみました。
ちょっとコアなネタですが、万が一にも何かの役に立てば幸いです。
ちょっと分かりにくい駄文になっているような気もしますが、どうかご容赦頂けると助かります。
では、失礼いたします。
「薬物に関する知識」にありました以下の文についてです。
>「ロヒプノール」や「サイレース(成分はロヒプノールと同じ。ジェネリック医薬品、いわゆるゾロです)」です。
全くの誤りです。
ロヒプノールもサイレースも両方とも先発品で薬価も同じですよ。
医薬品業界ではよくあることなのですが「併売」と言う方法により販売されています。
この併売には名前が同じ場合とそうでない場合があります。
高血圧の薬の「ノルバスク(ファイザー)」と「アムロジン(大日本住友)」も併売で両方とも先発品です。
睡眠薬系の分野ですと向精神薬の「ソラナックス(ファイザー)」と「コンスタン(武田薬品)」もそうです。
サイレースを「ゾロ」と言われてしまってはエーザイの面目がありませんね。
ちなみにロヒプノール・サイレースのゾロは「ビビッドエース(辰巳化学)」や「フルニトラゼパム・アメル(共和薬品)」ですね。
フルニトラゼパムというのが成分の名前です。
後発品は少し前まではそれぞれのメーカーが好きなように商品名をつけていたので、同じ成分でもいくつもの名前があったり併売品もあたりで、わかりにくかったのですが、(今回の誤りもそのせいですね)厚生労働省の通達によりこれから出る後発品は「成分名+メーカー」とすることになりました。
(2008年現在)
前述の「ノルバスク」ですがこれは世界で3本の指に入るくらいの売り上げがあったのですが、2008年7月に特許が切れたのでなんと、後発品が三十数社から発売されました。
成分名はアムロジピンなので
「アムロジピン・サワイ」
「アムロジピン・タイヨー」
「アムロジピン・トーワ」
・
・
・
という具合に三十数種類。
でも、同じ成分なのに三十数個の似ても似つかない名前があったら大変ですよね。
繰り返しになりますが、大日本住友からの先発品はアムロジン・・・わかりにくいですね(汗)
鈴忌さんのコラムの中で、睡眠薬のサイレースとロヒプノールについて記述がありますが、誤りです。
サイレースはロヒプノールの後発品ではなく、「成分は同じだが、名前と販売メーカーが違う先発品」です。医薬品業界では、こうしたものは他にも多く存在しています。たとえば骨粗鬆症の薬、ボナロンとフォサマックなどです。
分子標的薬は殺人薬としての側面をもっています。
イレッサなどはその好例です。薬と毒は一体の関係にあり、の古き良き時代の仮説は覆っています。