自分らしい文体の返信
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自分らしい文体(元記事)
質問です。
趣味で小説を書いている者です。
漫画やイラストには「絵柄」というものがあり、作者によって千差万別ですが、小説にも、文体というか文章表現というものは存在しますか?
「この文章表現・文体は、この作者にしか書けないわー」みたいな。
そういうのって、皆さんの中にも持ち得ているものですか?
また、どうやって身に着けられますか?
名作をたくさん読んだりすれば蓄積されていきますか? それとも、筋トレみたいにがむしゃらに作品を書きまくっていれば、レゴブロックみたいに自然と形成されていくものでしょうか?
というのも、自分らしさを見失う出来事に遭いまして。
少し前に話題になった「魔法少女ノ魔女裁判」というゲームをプレイする機会がありまして。ゲームとしての完成度の高さや、ストーリー
の面白さもさることながら、小説作品として読んでも、「いや~凄いなぁ」と感心する程の出来でした。特に地の文や情景、キャラクター
描写とか。(おすすめです)
それと同時に、上記の作品と今取り組んでいる自分の作品を比較してしまい、「うわ、こんな文章表現があったのか」、「確かに、この一言なら簡潔で分かりやすいわ」、「ああ、何でこんな綺麗な言葉を思い付かないんだろう」と、自信喪失し、何だったら途中で投げ出してしまおうかなと思ったくらいです。
思えば毎回そうでした。何かしらの作品に目を通す時に、自分の表現方法の拙さ、乏しさを痛感してしまい、そうして上手いと思う言葉や文章を自分の中にインプットしようとすると、「これってただのパクリじゃない? 自分らしさって何?」という疑問にぶち当たるという。
ですので、「そうやって後ろめたい気持ちになるぐらいなら、逆に、何も読まないで書いてみよう!」と意気込んで、異能力バトル小説を書き上げてネットに投稿してみた結果、殆どの読者から「心理描写が凄い」との評価をいただきました。
これに関しては、自分ではただ普通に「この時、このキャラクターはこう思うよね」というのを文字に変換しただけであって、何か特別な工夫したわけではないんですけどね。
これもある意味「自分らしさ」でしょうか?
長文失礼しました。
よろしくお願いします。
自分らしい文体の返信
投稿者 サタン 投稿日時: : 1
そりゃもちろん文体に個性はあるよ。
いろいろ吸収して、それを自分の中で昇華させて「自分らしい文体」などと気にならないようになったら、もう知らずに身についてるものだと思うよ。
私の場合はむちゃくちゃ書いてた頃にハマってたのが浅田次郎と宮部みゆきで、かなり影響されてて文体に現れてる。けどそれも多分自分でそう思ってるだけで今はもう影も形もないんじゃないかな。
>これもある意味「自分らしさ」でしょうか?
それはたぶん「作風」で、文体の個性とは違うような気も。自分らしさという枠で言えばそうだと思うけど。
うーん。インプットよりアウトプットのほうが大事だけど、インプットがあったほうがアウトプットしやすいから、問題はその仕方ではないかな?
たびたび例に出す事なんだけど、宮部みゆきの「ドルネシアへようこそ」っていう短編で、その冒頭に「都営地下鉄日比谷線の六本木駅は、頭上に広がる街の鬼子である。」っていう一文があるのね。
これは「六本木にこの駅は似つかわしくない」って意味で作品全体から味が出てくる冒頭なんだけど、惚れ込んだので何度も利用させてもらった。
「〇〇王国の凱旋門は、その奥に広がる城下町の鬼子である」とか「煌びやかな装飾は、その本性を隠す張子の虎である」とか。
別にベースはパクってもいいのよ。それを自分の中でどう昇華するか、その工夫や自分なりにどう「自分のものにしたのか」が自分のセンスになるし自分のオリジナリティになるし、自分の文体になる。
いじくりまくりゃ元の面影は完全になくなる。そうなりゃベースはあくまで発想の起点にしたに過ぎない。
ようは、自分らしさって、出力した絵や文章それ自体にあるものじゃなくて、絵や文章を通してにじみ出てくる自分のセンスから来るものだから、そもそも「俺らしい文体ってなんだろう?」と気にしてるうちはまだまだ修行段階だと思うんで、どんどんパクって自分の中で昇華させていこう。
まあ、私の場合はこういうプロの惚れた文体を解体し分解しいじりまくるのが面白かったし好きだったのでこういう考えになったってだけで、これが正解って話じゃないけどね。