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元記事:表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集

 オミクロンです。現在進行形で執筆中の長編も、終盤に差し掛かってまいりました。皆様の温かい助言あって、ここまでこれたと思います。此度もまたいくつか助言を頂きたく、ここに投稿させていただいた次第です。よろしくお願いいたします。

 本題に入らせていただきます。まず一つ目の質問は、「主人公在籍での三人称多元視点メインの可否について」です。

 物語のある決定的な出来事から、当初は主人公一人称視点の基本文体(地の文)から、三人称神視点に基本文体がシフトします。そしてさらなる決定的な出来事による主人公復活まで徹底しているのです。ですが主人公は死亡も離脱もしていないのです。

 主人公を主人公から一時的に引きずりおろし、主人公含む中心人物の人間関係を主人公に据えるといえばいいでしょうか。私はこれを「主人公が自分自身すら見失う」のと、「主人公以外の人物の掘り下げ」という理由で使用しております。

 ここで問題なのが、主人公という存在がいながら、全体俯瞰のような視点が長く(おおよそ20万字ほど)続くということです。もちろん主人公が復活した後は、基本主人公の一人称視点に戻ります。さらに復活直後に「自分自身すら見失っていた」という主人公の独白(地の文)が入ります。

 皆様に評していただきたい一つ目は、この技法はありか、なしか。という点です。もちろん忌憚なき意見もお待ちしております。

 次なる質問に参ります。内容としては「一人称視点で恣意的に五感情報を書かない技法はありか、無しか」という点です。似通っていて申し訳ありません。

 一人称視点における五感情報の重要性については重々把握しています。視覚のみならず嗅覚、聴覚、触覚、味覚を過不足なく文章に組み込むことにより、情景描写がよくなることは承知の上です。

 ですが先述の「自分自身すら見失っていた時期」や、「蛇足のため省略したさほど重要でもない時期」に度重なる無茶を主人公は重ねます。その結果、主人公から五感情報が徐々に失われ、最終的には色彩以外の視覚と聴覚以外を全喪失します。

 要は徐々に痛覚(感覚)が薄れ、味を感じなくなり、匂いが区別できず。色彩すら失われていくのです。

 これももちろん終盤で人物会話でネタばらしをします。ですがそれまでは完全シームレスに五感情報を著しく欠いた一人称視点文章が続きます。皆様に評していただきたいのは、この技法の是非についてです。

 最期の質問に参ります。これは技法とは関係がありません。単純に意見を募りたく書きました。内容としては、「人間はどんな存在に対して絶対的な不快感を抱くか」という内容です。

 ここで書いた「不快感」の意味において、五感情報や容姿、因縁は関係ありません。一片の対話の余地もなく、微塵の躊躇もなく「排除」したくなるような感覚です。

 憎悪であり、嫌悪であり、軽蔑でもあり、不寛容でもあります。作品中にも書いていますが、まさに「不倶戴天の敵」という意味です。

 私はこの理由に、「自分とはほんの少しだけ、だが決定的に違うIFの姿」という同族嫌悪のようなナニカを理由に据えました。分かりやすくするのなら、Fateのエミヤが衛宮士郎に抱く感情を、逆に衛宮士郎がエミヤに抱いている。とでも言えばいいのでしょうか。

 ですが個人的にはもう一押し「絶対的な不快感」の理由が欲しいところです。なにかアイディアがあれば教えていただけると幸いです。

 以上です。よろしくお願いいたします。後、私自身が少々繁忙期に入った関係により、返信が非常に遅れる可能性があります。ご容赦ください。

上記の回答(表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集の返信)

投稿者 hexa : 0 投稿日時:

 風邪やら体調やらでしょっちゅう味覚がおかしくなって家族に作った料理の味について突っ込まれるhexaです。母親も似たようなことやらかすんだけど、それが笑えなくなってきた……。

>主人公在籍での三人称多元視点メインの可否について

 主人公がまともに動けてない状態なら、仕方ないというかそれは普通にありえることだけど。
 ただ、以前からのオミクロンさんの描写方法に関しては、少し疑問がある。一人称で自分のことを「自分」と表現し、三人称多元視点で視点の切り替えが頻繁にある。以前話を伺った限りでは、この三人称多元視点を実際に存在する神の視点とみなしたいみたいだけど、それがそうと明かされる前がおそらく長すぎて、読者がずっと混乱し続けている可能性がある。そこが心配といえば心配。

 20万字くらいの間だったら、時折短いシーンで主人公の引きこもり状態での独白が時々挿入されてもいいかもしれない、とは思っているけれど。しつこいけれど一人称を「自分」にしていると、その切り替えがうまく読者に分かってもらえるか、やっぱり少し心配だったり。

>一人称視点で恣意的に五感情報を書かない技法はありか、無しか

 ありだとは思うけれど。引きこもり状態ってことなら逆に五感を遮断気味になってやっぱり普通に心理描写のみの独白のようになると思うけど。でもこれも、長くないほうがいいだろうという気がしている。
 ナチュラルに狂気の世界に入っていく気がするからな……読者に「主人公の絶望を伝える」のはいいけれど「狂気を共有させる」のがいいことかどうかは、ちょっとわからん。ちなみに読者以上に執筆者のほうが耐えられなくなる可能性があるから、オミクロンさんが耐えられるならそれで構わんとしか。
 サタンさんの言うように、じわじわ迫っていくところまではむしろわりと書きやすいくらいだと思うけれど。完全にあっちの世界に行ってしまった状態を長く書き続けるのはやっぱり微妙だと思う。それこそ他者視点の出番ですとしか。

 篠原千絵の「闇のパープルアイ」では、主人公がだんだん自分の味覚が変化していく様子がじわじわと描写されている。この人小説も書くだけあって、主人公の独白が上手いんだよねー。キャラの視点がしっかりしたブレていないセリフが多いうえに、殺人事件などでの大量虐殺を取り扱う思い切りの良さも持っている。解説本で「乱暴な言い方になってしまうけれど、非常にエンタメ性が高い」と評されていたけれど、エンタメ性を追求するってここまで技量がいるもんなのか、と思わされる作家さんです。

 あと、聞いただけでやったことはないんだけど「さよならを教えて」というゲームがマジで狂気の世界(精神科病棟に入院するレベルの患者の視点)を描いているので、精神的にやばい状態の人がやるのはおすすめしないヤバゲーだったという噂がある。そういう意味でもリアルすぎる狂気の描写はあまりおすすめできん気がしている……。

>人間はどんな存在に対して絶対的な不快感を抱くか

「絶対的な」というもの自体がそもそもあり得ないんじゃないか、と思っています。
あくまでその人物の主観でしかないと思う。その人物になりきって考えてみてはどうかと。
 自分の場合ですか?……すみません、口に出すのも嫌なので言いたくないです。それに該当してしまう人を不快にさせたくないから。うっかり言って、それが自分が仲良くしたい人が「俺もそういう人なんだけど」とポツリと言われた時の気まずさといったらもう……

 でも、ジョジョでいうところの「吐き気を催す邪悪」てのが、一般的には受け入れられやすい絶対悪じゃないのかなーとは思う。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集

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元記事:表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集の返信

 風邪やら体調やらでしょっちゅう味覚がおかしくなって家族に作った料理の味について突っ込まれるhexaです。母親も似たようなことやらかすんだけど、それが笑えなくなってきた……。

>主人公在籍での三人称多元視点メインの可否について

 主人公がまともに動けてない状態なら、仕方ないというかそれは普通にありえることだけど。
 ただ、以前からのオミクロンさんの描写方法に関しては、少し疑問がある。一人称で自分のことを「自分」と表現し、三人称多元視点で視点の切り替えが頻繁にある。以前話を伺った限りでは、この三人称多元視点を実際に存在する神の視点とみなしたいみたいだけど、それがそうと明かされる前がおそらく長すぎて、読者がずっと混乱し続けている可能性がある。そこが心配といえば心配。

 20万字くらいの間だったら、時折短いシーンで主人公の引きこもり状態での独白が時々挿入されてもいいかもしれない、とは思っているけれど。しつこいけれど一人称を「自分」にしていると、その切り替えがうまく読者に分かってもらえるか、やっぱり少し心配だったり。

>一人称視点で恣意的に五感情報を書かない技法はありか、無しか

 ありだとは思うけれど。引きこもり状態ってことなら逆に五感を遮断気味になってやっぱり普通に心理描写のみの独白のようになると思うけど。でもこれも、長くないほうがいいだろうという気がしている。
 ナチュラルに狂気の世界に入っていく気がするからな……読者に「主人公の絶望を伝える」のはいいけれど「狂気を共有させる」のがいいことかどうかは、ちょっとわからん。ちなみに読者以上に執筆者のほうが耐えられなくなる可能性があるから、オミクロンさんが耐えられるならそれで構わんとしか。
 サタンさんの言うように、じわじわ迫っていくところまではむしろわりと書きやすいくらいだと思うけれど。完全にあっちの世界に行ってしまった状態を長く書き続けるのはやっぱり微妙だと思う。それこそ他者視点の出番ですとしか。

 篠原千絵の「闇のパープルアイ」では、主人公がだんだん自分の味覚が変化していく様子がじわじわと描写されている。この人小説も書くだけあって、主人公の独白が上手いんだよねー。キャラの視点がしっかりしたブレていないセリフが多いうえに、殺人事件などでの大量虐殺を取り扱う思い切りの良さも持っている。解説本で「乱暴な言い方になってしまうけれど、非常にエンタメ性が高い」と評されていたけれど、エンタメ性を追求するってここまで技量がいるもんなのか、と思わされる作家さんです。

 あと、聞いただけでやったことはないんだけど「さよならを教えて」というゲームがマジで狂気の世界(精神科病棟に入院するレベルの患者の視点)を描いているので、精神的にやばい状態の人がやるのはおすすめしないヤバゲーだったという噂がある。そういう意味でもリアルすぎる狂気の描写はあまりおすすめできん気がしている……。

>人間はどんな存在に対して絶対的な不快感を抱くか

「絶対的な」というもの自体がそもそもあり得ないんじゃないか、と思っています。
あくまでその人物の主観でしかないと思う。その人物になりきって考えてみてはどうかと。
 自分の場合ですか?……すみません、口に出すのも嫌なので言いたくないです。それに該当してしまう人を不快にさせたくないから。うっかり言って、それが自分が仲良くしたい人が「俺もそういう人なんだけど」とポツリと言われた時の気まずさといったらもう……

 でも、ジョジョでいうところの「吐き気を催す邪悪」てのが、一般的には受け入れられやすい絶対悪じゃないのかなーとは思う。

上記の回答(追記です)

投稿者 hexa : 0 投稿日時:

思い出してちょくちょくコメントを追加するので申し訳ない……

 竹宮恵子の「地球へ……」では、主人公はミュウ(エスパー集団)側のジョミー、敵対する人間側はキースでW主人公の構成になっている。このキースが冷徹な性格で、めったなことでは感情を露わにしないんだけれども、最後の最後でラスボスに「自分の体を自分の意志に反して動かされた」ことに激怒してラスボスに歯向かうんですよね。私が知る限りではこれがいちばん、人間にとって嫌なことではないのかと思えた。それまであまり感情移入できなかった(意図的にそう表現されていた)キースに「わかるわかる」という共感を覚えたシーンだった。

 以前伺ったラスボス=神の構想でいくと、このタイプの嫌悪がやはり話題に上がりやすいのではないか、と思えるけれど。藤崎竜版封神演義も、やっぱり「ラスボスのおもちゃ扱いにされたくない」というのが戦いの大義名分になっていたと思う。現代社会風に言うと基本的人権の尊重?(なんかいきなり社会科の勉強みたいなノリになってしまったね……)

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集

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元記事:面白い、良かった本について教えていただけませんか?

いつもお世話になっております。やとうです。

現在長編の構想を進めておりますが、なかなか思うように先に進まずの毎日です。

そこで頭を一度リセットして気晴らしに、
普段読まないジャンルの本を読んでみようと思うのですが、
図書館や書店に行ってもどれに手を出そうか迷うだけで時間が過ぎてしまいます。
また一人で本を選んでいると、どうしてもジャンルが偏ってきてしまいます。

皆様がご存知の本で「これも良い!」というものをぜひ、
ご紹介をお願いいたします。

私が最近読んで面白かったのは、
創作に関わるネタとして見つけたものですが、

『拙者は食えん! ―サムライ洋食事始』 熊田忠雄

幕末の武士が初めて西洋の食事と対面したときのことが、アレコレ書かれています。
酔っ払ってペリー提督に抱きついた侍もいれば、
てんぷらを食べたい福沢諭吉がアメリカでボヤ騒ぎを起こした……などなど、
お堅そうな侍が意外と日記にご飯の愚痴を書いているのが面白いです。
バリバリ攘夷の水戸藩士がフランスに派遣され、
『日本の味が恋しくて眠れない。はやく帰りたい』
と度々上司に嘆いていたりと、旅先の食文化に慣れない毎日は辛かったようです。

『明治宮殿のさんざめき』 米窪明美

坂の上の雲の時代考証をされていた方の本で、他にも『島津家の戦争』もかかれています。
明治天皇を中心とする宮中の生活について、行事などを通して当時の暮らしが見ることができます。

台風が来ると喜んで張り切る明治天皇が、
雷が大嫌いで小さくなる(普段は逆らえない姉さん女房の関係)皇后をからかって喜ぶシーンが印象に残っています。
また、お仕えしている少年たちが大人の隙を見て悪戯騒ぎを仕出かす様や、
それを「面白そうに」聞いている明治天皇、といった様子が賑やかで楽しそうです。

読んで面白かった本(できればライトノベル以外)、または面白そうで読んでみたいと思う本があれば、こちらでタイトル・作者等をご紹介いただければ幸いです。

視野を広げたいので小説以外のジャンルもあれば、ぜひお願いいたします。

(創作の相談とは少々離れた内容ですので、こちらでのご相談は場違いかもしれませんが、他に適当な箇所がわからず、相談の場をお借りしました)

上記の回答(面白い、良かった本について教えていただけませんか?の返信)

投稿者 hexa : 0 投稿日時:

 進んでない原因は……視点キャラであるサムライの常識と、ヴィクトリア世界観の常識との差の表現が難しいと感じてしまっているからと見た!(外れていたらごめんなさい)

 そんな時の心強い味方が、異世界転移or転生。
 視点人物の常識が一般読者とほぼ同じため、世界観のほうとの常識差の描写に集中できる。
 ……ま、これは最後の手段ということで。

 実はヴィクトリア朝ということでちょっと激古のアニメを思い出してしまったんだが、宮崎駿監督で、登場人物が犬の「名探偵ホームズ」というのがある。
これね、ヒロインはいないも同然というか一応ハドソン夫人(けっこう若くなっている)なんだけど、彼女に焦点が当たったエピソードが一話だけあった。

 ……その結果がどういうものだったかというと、歴代ジブリヒロインの中でもナウシカに比肩しうるくらいのチートキャラになっていたんだよ……
 元飛行機乗り、普段おしとやかだけど緊急時の行動力がすごい、車の運転はもちろん拳銃まで撃てるという、見た当時はなんでこんなキャラになったのかわからなかったんだけれど、今見ると宮崎駿監督の趣味が詰め込まれすぎた理想ダダ漏れの女性キャラだったんだなぁと……(溜息)。

 ……そういうわけで、もしヒロインの扱いにお困りのようでしたら、こういう短い見せ場でもとんでもなくインパクトのある(だって他の話綺麗さっぱり忘れてるんだけれどこれだけ覚えてるんですよ私)演出もできたりします。描写量=印象の深さではないという好例(?)かもしれない、ということで。一応例に挙げておきます。

カテゴリー : その他 スレッド: 面白い、良かった本について教えていただけませんか?

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元記事:面白い、良かった本について教えていただけませんか?の返信

 進んでない原因は……視点キャラであるサムライの常識と、ヴィクトリア世界観の常識との差の表現が難しいと感じてしまっているからと見た!(外れていたらごめんなさい)

 そんな時の心強い味方が、異世界転移or転生。
 視点人物の常識が一般読者とほぼ同じため、世界観のほうとの常識差の描写に集中できる。
 ……ま、これは最後の手段ということで。

 実はヴィクトリア朝ということでちょっと激古のアニメを思い出してしまったんだが、宮崎駿監督で、登場人物が犬の「名探偵ホームズ」というのがある。
これね、ヒロインはいないも同然というか一応ハドソン夫人(けっこう若くなっている)なんだけど、彼女に焦点が当たったエピソードが一話だけあった。

 ……その結果がどういうものだったかというと、歴代ジブリヒロインの中でもナウシカに比肩しうるくらいのチートキャラになっていたんだよ……
 元飛行機乗り、普段おしとやかだけど緊急時の行動力がすごい、車の運転はもちろん拳銃まで撃てるという、見た当時はなんでこんなキャラになったのかわからなかったんだけれど、今見ると宮崎駿監督の趣味が詰め込まれすぎた理想ダダ漏れの女性キャラだったんだなぁと……(溜息)。

 ……そういうわけで、もしヒロインの扱いにお困りのようでしたら、こういう短い見せ場でもとんでもなくインパクトのある(だって他の話綺麗さっぱり忘れてるんだけれどこれだけ覚えてるんですよ私)演出もできたりします。描写量=印象の深さではないという好例(?)かもしれない、ということで。一応例に挙げておきます。

上記の回答(追記です)

投稿者 hexa : 0 投稿日時:

 余計なお節介としての話が進んでいない理由の考察その2:サムライと小公子が関わる「事件」が思いつけていない。

 ……これねー、私もそんなにヴィクトリア朝詳しくないんで何とも言えないんですが、ホームズとか伯爵カインシリーズとかの知識くらいしかないと、ミステリーしか思いつかないんですが。
 エマは詳しくは知らないんだけど身分違いの恋がメインだったような気が……あととにかくメイド萌えに尽きるのではないかと。。

 ちなみに伯爵カインシリーズは、主人公で毒薬に詳しい少年伯爵カイン、執事(正確には従僕)のリフ、華担当というかマスコット的な存在の妹マリーウェザーの組み合わせでやたら身の回りで頻発する殺人事件を解明するお話。作者の由貴香織里は「天使禁猟区」がアニメ化してるんだけど、美麗なイラストと中二病傾向の強いストーリー展開で比較的男性にも人気があったり。この作品に関してはそれに加えてのヴィクトリア朝ネタの知識の豊富さが人気の基盤にあったんだけど。

 ようは主人公が貴族ってことで暗殺の可能性に常に脅えている状態=先祖代々毒薬に詳しい、という方向でブラックな路線にいってるんですけれど。やとうさんのとこの小公子の家はその手の問題やトラブルがあるのかな? そこがないなら無理やりにでも作るしかない、と思うんだけど……。
 薬知識や推理の担当をヒロインや小公子にするとバランスよくなるかもしれないけれど。サムライ、アクション担当にしかならなくない? つまりアクションを要求される事件を不自然だろうが毎回作るしかない、という気が……。

カテゴリー : その他 スレッド: 面白い、良かった本について教えていただけませんか?

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元記事:表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集の返信

 皆様、貴重なご意見ありがとうございます。返信が遅れて申し訳ありません。

 皆様の批評を頂き、数点、捕捉したいところができましたので追記のようなものをさせていただきます。

 まず前回もご指摘いただいた多元視点による混乱についてです。此度もご指摘を頂いた結果、ようやくズレに気づくことができました。

 私の勝手な想像ですが。恐らく登場人物Aの三人称一元視点、登場人物Bの三人称一元視点、登場人物Cの……。というのがシームレスに混同していると皆様は解釈したのかなぁと感じました。

 これはろくすっぽに意味も真に解さぬまま、三人称視点と私がほざいたのが原因です。申し訳ありません。

 あの視点は「語り手視点」で執筆しているといえば解釈は変わるでしょうか。物語全体を俯瞰する、超越者(作者、読者視点)です。ニンジャスレイヤーの地の文=サンです。私が以前投稿した拙文は、主人公の一人称視点と、ナレーション視点で書いた。という感じです。

 そこに関する批評を書いていただけると嬉しく思います。

 これを踏まえて次に参ります。最初の質問の意図のようなものになります。サタン様の提示した、でも三人称視点にするだけで~の部分に関する追記のようなものにもなります。

 作者(私)の意図として、このやり方を選択した詳しい理由がいくつかあります。

 一つは投稿の通り、決定的な瞬間から人称視点を徹底して変えることにより、主人公が自分自身すら見失うことです。それまでは基本、主人公の一人称視点ですので、変化が出るかなぁと思いました。

 もちろんその「決定的瞬間」も、作者にしか分からないようなものではありません。いつの間にか愛していた異性が、主人公自身の背中で息絶えるというシーンです。

 そしてこれは二つ目にもなりますが、それによって主人公は半ば自暴自棄に近い形になります。混乱と絶望、自責と後悔で心情が埋め尽くされます。

 このような負でカオスな心情を一人称で書くと、物語が進まなくなってしまう。という懸念が私の中にあるのです。しかし実際の物語状況は躊躇なく進行するので、「主観心情による物語の停滞」を防ぐ狙いがありました。

 最後に。「語り手視点」で書かないと、複雑に絡み合った人間模様を私は描けないからです。絶望後の主人公と共に旅をする仲間の中で、特に情景描写を書くべきキャラが3名いるのです。

 一人は、心が壊れかけた主人公を利用してでも自身の目的を果たしたいキャラ。
 一人は、(対外的に見れば)主人公の華麗なる転身へ嫉妬するキャラ。
 一人は、主人公が壊れた直接原因を意図せず引き起こしながらも、それに気づけないキャラです。

 さらにアクの強いところがあります。二人目のキャラは三人目のキャラに片思いしており、三人目のキャラは主人公に片思いをしています。

 このどう足掻いても内部崩壊必至の人間模様を書くのに、私は「語り手視点」がベストかなぁと判断したのです。要は崩れる寸前のジェンガを眺めるといった感じでしょうか。

 さて。次の意図に進みます。「五感が遮断されていく一人称視点」と書きました。これも少し齟齬があったので、追記をさせてください。簡単かつ簡潔に表現すると、こうなります。

 進行初期:書かれる一人称視点の五感情報:視覚(色彩含む)、聴覚、嗅覚、触覚。

 進行中期:視覚(色彩含む)、聴覚、触覚

 進行末期:視覚、聴覚

 要は書かれてしかるべき情報がどんどん減っていくという感じです。さらに具体例を提示させていただきます。

 目の前に広がっている光景はまさに楽園と呼ぶに相応しかった。頭を垂れた【金色の】稲穂がどこまでも続き、樹木には艶を放つ【赤や橙といった】果実がこれでもかと成っている。視線を映せばよく耕された『であろう』土地に、【青々とした】瑞々しい野菜が実を付けていた。
 吹く風は髪を揺らす程度で、息を吸えば手入れされた土壌の匂いと仄かな潮の香りが鼻腔を満たすに『違いない』。稲穂のささやきと波間のざわめきは、疲れた心を夢へと誘うほどに穏やかだ。

 【】内は本文では恣意的に削除する部分で、『』内はあえてそうした表現です。

 この文で主人公は、色彩と嗅覚を失っていることを暗に伝えたいのです。そして物語終盤で、「実はこれくらいの時期から、感覚が薄れていったんだよ」とさせたい意図があります。

 最後に。憎悪の理由に「異物」や「某少年A」を挙げてくださりありがとうございます。

 主人公とラスボス(自称神)の関係は、「同じような出生、似たような生い立ち、ほぼ同等の才能、類似した力を得る手段」がありながら、全く違う今があるという感じです。

 超長文、駄文、失礼しました。引き続きご意見をお待ちしております。

上記の回答(表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集の返信の返信)

投稿者 hexa : 2 投稿日時:

 翻訳ものはもとの文法からして視点ぶれしてる表現だったりするから、参考にするのはあまりおすすめできんですよ……
 ナレーション視点の好例っていうとちびまる子ちゃんの「それでいいのか、まる子よ」とかいうキレのある突っ込みとかで、そういう語り手の主観が面白いんだよ……そうでないのって臨場感削ぐだけだったりするし。
 ほとんどサタンさんの意見に同意なんだけど「むかしむかし、あるところに~」で始まる昔話のような、語り手がいて当然、という状態でなければ現在は推奨されない視点だと思っている。似たような意味で歴史小説がなんとか、この神視点が有効利用できるジャンルかなーとは思っているけど。

>さらに具体例を提示させていただきます。
 目の前に広がっている光景はまさに楽園と呼ぶに相応しかった。頭を垂れた【金色の】稲穂がどこまでも続き、樹木には艶を放つ【赤や橙といった】果実がこれでもかと成っている。視線を映せばよく耕された『であろう』土地に、【青々とした】瑞々しい野菜が実を付けていた。
 吹く風は髪を揺らす程度で、息を吸えば手入れされた土壌の匂いと仄かな潮の香りが鼻腔を満たすに『違いない』。稲穂のささやきと波間のざわめきは、疲れた心を夢へと誘うほどに穏やかだ。

 ……ちょ、やばいよこれ、盛大に視点ぶれしてる!!だからあれだけ気をつけてって言ってたのにぃいい(汗

 知覚心理専攻、その中でも色彩心理が専門のうえでの意見を述べさせてもらいますと「人間の感覚の中で視覚の占める重要度の高さは言うに及ばず、といったところなんですけれど、その中での色彩の持つ特徴ってのは『比較的重要ではない、光源などの要因によって容易に変わりやすい不安定な要素なんだけれども、それにもかかわらず人間に与える印象・影響がとんでもなく強い』もの」なんですよ。人によっては無視してもなんとか生活できるにも関わらず、繊細な表現に用いるには非常に重要なファクターってことなんですが。

 難しく言い過ぎたのでわかりやすく言うと「色彩情報がない」時点でふつう「一見しただけで楽園と感じる」「艶を放つ」「瑞々しい」という言葉そのものが出てこない。「色彩がない世界」=「感動が薄い世界」なんですよ。ものすごいおかしいというか、オミクロンさんが主人公の気持ちになりきっていないのがバレバレです。だから多視点やってるとこうなっちゃうんだってばー!!

 さらに言うと、嗅覚は言われるまで気がつかないくらい認識が遅い・できない可能性の高いものです。それをわざわざ想像しているのもすごい変。あと「よく耕された(だろう)」は別に普通の状態でも通用する表現なので、どっちを選んでも全然おかしい表現ではない。(正確には「よく耕された『で』あろう」という表記だと思いますが)まさにめちゃくちゃとしか言いようがない文です。

 いっぺん白内障体験とかしておいで。水中眼鏡やスキーゴーグルに黄色かオレンジのセロハンを貼って家の中で数日過ごすのでもいいけれど。

 ついでに言うと、触覚がない時点では「ものを取り落とす」可能性がとても高いんだけれど、この時点で行動不能になってることだと思いますが。それで動けていること自体がおかしいです。

 あと、味覚は私自身が例に挙げたように、常人でもしょっちゅう狂います(亜鉛を摂れって話ですが……自分の不摂生がバレますね)。あと嗅覚と連動していることが多く、この二つは早い段階で狂いやすいうえに、それで体の不調だと気付かない・気にしないで過ごすことも可能です。「るろうに剣心」で剣心が暗殺の仕事を受けすぎて酒を飲んで「血の味しかしない」と言っても、その時はまだ普通に動けていた。でも、薫が死んだと思わされた時には行動不能になってしまった。受ける精神的ダメージと体の不調のバランスや順番がおかしい気がする、と感じてしまいました。

 さらに言うと、本当の狂人は幻覚・幻聴を見たり、意識のないうちに叫びをあげたり徘徊行動をしたりします。つまり「何も感じられない」だけでは済まされず「ないはずのものが見える・聞こえる」「やった覚えのないことをやってしまっている」そこまでいかないと本当の狂気は描写できません。わたしが狂気を描けって言われたらそこまでやるつもりでいるけれど、オミクロンさんはそこまでやる気あるのかな?行動不能にまで陥った状態の「絶望を伝える」のは問題ないけれど「狂気を共有させる」のが不安、と言った言葉をもうちょっとよく考えてみて。

 あと、主人公にラスボスに同族嫌悪を抱かせようとしているみたいだけど、「自分の思い通りでないと気が済まない箱庭世界を作って満足している」神と「努力しても実らず、不本意な方法で力を手に入れて成り上がってしまっている」主人公のどこに共通点を見出そうとしているのか、正直ちょっとよくわからん……

 そもそも「戦う理由」と「憎悪する理由」を混同してない?「戦う理由」に必要なものはたったひとつ、「利害の衝突」なんだよ。無差別殺人犯が多くの人にとって嫌悪感を抱かれるのは当然のことで、ほとんどの人間が持つ「生きたいという欲求」に真っ向から対立する存在だから。理由のつけられない憎悪で人を殺そうとするのは衝動殺人犯で、それこそ相手とやってることが変わらなくなっちゃうよ。だから多くの人の賛同を得るための「戦うための大義名分」てものが必要になることがあるんだよ。その手の社会的な観点をあんまり軽視しないでほしい。

 いちおう「仮面ライダー龍騎」が、「戦う理由の見本市」として有名なので、wikiでも眺めてくるといいんではないのか、とも思っている。そのへんの王道少年漫画や特撮ヒーローものの価値観をあまり軽視しないようにね。あれらは大衆に理解されやすい、普遍的なものが詰まっているから。そういうのを避けていると視点ブレが起こりやすいんだってば……。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 表現技法と「憎悪の理由」へのご意見募集

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元記事:「現実世界の石器時代の人間」が「現代風の異世界」に転移する話を描きたいんですが

「異世界に転移する人間=現代人」とか「異世界=現代ほど文明が発達していない中世ヨーロッパ風の剣と魔法のファンタジー世界」という固定観念を壊したくて、「現実世界の石器時代の人間」が「現代風の異世界」に転移する話を描きたいんですが、「現代風の異世界」ってどんな風に描けばいいんですか?「現代ほど文明が発達していない中世ヨーロッパ風の剣と魔法のファンタジー世界」ならそれこそ腐るほど例がありますが、「現代風の異世界」は見たことがないのでいまいちわかりません。特に異能・超常要素とかなくても、魔王とかわかりやすい人外の悪役がいなくても、架空の土地だけで話が展開すれば「ちゃんと『現代風の異世界』してるな」とか思ってもらえるんでしょうか?
あと「現代風の異世界」を描いている作品があったら教えてほしいです。なおこのスレで言う「現代風の異世界」というのは「現実世界から枝分かれしたIFの世界」とかじゃなくて、「現実世界とは最初からまったく関係ない架空の世界」という意味です。

上記の回答(「現実世界の石器時代の人間」が「現代風の異世界」に転移する話を描きたいんですがの返信)

投稿者 読むせん : 0

ああ、そうか。
>>異世界転移(OR転生)もので行く異世界が「魔法があったりモンスターが出没したりするパラレルワールドの中世ヨーロッパ」って例はあるんでしょうか?大抵は「現実の土地とはまったく関係ない別次元の架空の世界」じゃないんですか??

って、要は【現代の人がポケモン世界や妖怪ウォッチ世界にトリップ】とかって意味かー。現世にはポケモンも妖怪もいませんからね。
――――――――――――――――――――
そういうのなら、話を聞いた時点で、正直被りまくっていそうだなwwとか思っていた作品
https://eiga.com/movie/39311/
北京原人 Who are you?

とか、
 未だ観てない映画なので、私も詳細は知らないんですけどね(;´∀`)見たい映画の一本です。類似品だと

https://eiga.com/movie/40125/
REX 恐竜物語
トリップした人が人間どころか恐竜なので、コンセプト的に難があるかもですけどね。これは観た。わりと好き。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: 「現実世界の石器時代の人間」が「現代風の異世界」に転移する話を描きたいんですが

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投稿日時:

元記事:最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間

今回は自分(と作品)ではなく息抜きでの疑問です。
・進撃の巨人
・五等分の花嫁
・鬼滅の刃 あたりですね。気になるのは。
 様々なジャンルのノベル面が成熟したこともあり、異なる立場から直接的な欲の角がとれた結果、このように一種の異文化交流してんのかな? とか思っています。
 一番わかりやすいとこ考えると鬼滅の刃かなあ……①特に「鬼舞辻 無惨」「富岡 義勇」などのキャラ設定が乙女ゲーに一人はいそうなキャラ造形って感じです。
 自分の主観が中心となってこういった場ではあまり適さないかもしれませんが、特に無惨とか「ヒロイン一人を溺愛するために国の制度設定(組織論かな)すっとばす。けど作者には有能に書かれる(ただしヤンデレ)」キャラからヒロイン不在で派生したのをジョジョのラスボス風味で見たような感じ。これを、「頭無惨様だから」でまとめられんの本当にすごいと思います。個人が完璧すぎて組織が何か全く理解できないナルシスト。手足がむしろ邪魔系ドS(※パワハラ)貴公子。
……なんだっけ。テレビとかで天下人の嫁とかなんとか言ってたっけな。

 五等分の仕様も乙女ゲーに近いけど性差のイメージからかあまり批判されない感じ。(キャラがみんなかわいいのも理由……とも思う)。そういえば花嫁だれだろ……?
 進撃の巨人も、……最近のダークヒーローものの流れをついで増幅した感じではあるんですが……その。エレンという主人公がおこす行動が、不思議と飲み込みづらいというか……嫌いじゃないし、一貫してはいるんだけど本当にセウト手前を悟る諫山(作者)先生の綱渡り感がすごい。こういうのを才能っていうんだろうなぁ。
 ここでも時折話題になる「されど罪びとは竜と踊る」とは別ベクトルでグロの極みを目指そうとしている感じのような気がします。

 こういうのって、最初はプリキュア(→と大きなお友達)のように、ターゲットの共生できる方が売り上げが大きいとかいうのが最初かもしれないけど、次々垣根が壊されるのはうれしい反面、少し寂しいな、と思います。
 

上記の回答(最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間の返信)

投稿者 読むせん : 0

それは誤解だよコバヤシくん(笑)

 私の兄は、私が友達と回し読みしていた『なかよし』『りぼん』『花とゆめ』『ララ』をバリバリに読んでいましたよ。
私も兄の友達間で回していた『ボンボン』『ジャンプ』『サンデー』『チャンピオン』『マガジン』を読ませてもらっていた。

兄に土下座で頼まれて『MとNの肖像』と『こどものおもちゃ』は私が代理購入した。購入資金は色を付けてくれた(笑)。

 姉妹や兄弟はそういうの無かったようですが、異性の兄弟もっている家庭ではチャンポン読みは基本だし、異性雑誌の感性の方がクリーンにむねに刺さる事も多々あったよ。

私が仲良くなれた友人のほとんどが兄弟がいる女の子で、そういう子って女性誌オンリーで育った子より感性が小年誌の影響をうけているんです。

カテゴリー : その他 スレッド: 最近、エンタメの垣根超えてない? と思う瞬間

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元記事:ファンタジーやメルヘンでのリアリティの度合いの決め方を教えてください。

SFが「嘘っぽくない」ようになるため、あらゆる論理性によって本当のように見せているのに対し、ファンタジーはそもそもそうした努力をしているのでしょうか。

ファンタジーの「嘘っぽくなさ」は、おそらくは形相によって保障されています。
つまり、石を削って彫刻を作る際には、その目的としての対象が存在しているのであって、作者が想像したり、観客がそれを見たりする以前からそこに存在し、作者はいわば観測者に過ぎないという考えです。
であればSFもまた、このような作り方でもいいはずです。「未来少年コナン」が「あり得ない動作を現実の動作の延長のように見せることで本当のように見せている」のは何故でしょうか。

SFがこのような手法を取る理由としては、たとえば読者に「自分にもできるかもしれない」「もしかしたらあの時こういう結末になっていたかもしれない」といった同一化を生む機能や、主人公の行動パターンを論理的にすることによって、推理に合理性を与えたり、あるいはその社会が持つ限界を明らかにして風刺等を行ったりする、といったことが考えられますが、そうした理由がなくとも有名なSFでこの手法を使っているものは少なくないように思えてなりません。

また、ファンタジーの方としても、ある部分はそうしたSF考証を行うことで「嘘っぽくない」ように見せながら、またある部分では、読者や視聴者には明らかに嘘であると明らかなものを見せることもあります。「精霊の守り人」において、序盤から幻想的な世界観が広がっており、読者にもこれが虚構の世界であると理解されますが、中盤には文化人類学的な「類感魔術」の要素が入っています。これらの描写の違いを決める線引きは何でしょうか。

さらに言えば、作品が本の中の出来事であると改めて明示することもあります。M・エンデの作品は言うに及ばず、絵本に描かれるファンタジーなどもそうです。ファンタジー以外でも、「この世界の片隅に」などは鉛筆を使った描写やコマが紙のようにめくれる手法などによってそれがなされています。これは一見、読者が作品から現実世界へと引き戻され、「嘘っぽくなさ」としても「形相」としてもマイナスの効果になると思うのですが、実際にはどのような効果を狙ったものでしょうか。

上記の回答(ファンタジーやメルヘンでのリアリティの度合いの決め方を教えてください。の返信)

投稿者 サタン : 4 人気回答!

>SFが「嘘っぽくない」ようになるため、あらゆる論理性によって本当のように見せているのに対し、ファンタジーはそもそもそうした努力をしているのでしょうか。
こういう言い方はバカにしてるように聞こえもするんですが、ぶっちゃけ初心者ほどそういう努力をしてると思います。
魔法や世界観の設定をえらい細かく考えたりするでしょ。
書きなれてる人ほど、SFでも設定を考えこそすれあまり設定設定で書いたりしない。
というのも、物語にとって大事なのはそういう設定ではないし物語への没入感は「現実的にありえるかどうか」で得られるものではないためですね。
虚構だからこそ、作ってる人には最初から虚構だとわかってるからこそ、慣れてない人ほど虚構を覆い隠そうと「現実的な」という部分を必死になって考える。

物語への没入感を得るのは、単純にドラマ性の有無でしょう。
物語からドラマ性を極力排除して流れを作ると、これは歴史の教科書みたいになる。歴史は学術的に事実であると裏付けされた出来事なので、「嘘っぽくない」という事であればダントツなはず。
じゃあ、スレ主さんは歴史の教科書に対して、嘘まみれのラノベよりもずっと熱中して読めますか、ってこと。
「嘘っぽくない・事実のように書く」というのは実はあんまり大事なことではないのですよ。

ただ、SFってのはつまりサイエンス・フィクションであるので、科学的な要素に関して嘘っぽくちゃ話にならないってだけ。
だから紐解けば、本質的にはSFもファンタジーも割とおんなじよ。
「能力・機能」と言えばSFっぽくて、「魔力・魔術」と言えばファンタジーっぽいというだけ。
それを説明するガワの解説文で「能力(アビリティ)はパーソナルな認識によって発現する形が変わる」とか、「魔術の個性は血筋によって決まっている」とか、そういう「設定・テーマに対する色」がついて、それっぽくなっていく。

じゃあ、同じものであるなら何でSFのほうが説得力がある設定に見えるのかつったら、
これは単に作者にも読者にも科学的な基礎知識があるから、もともと持ってるイメージすなわち先入観によるところでしかない。というのが私の考え。
そういう前提知識が無い状態、読者の中にそれを作るところから始めなきゃならないファンタジーは、だから最初に躓くと「嘘っぽく」というか「初心者臭く」なる。
でも、最初に書いたけども、別にそれが物語への没入感に直結することじゃないから、例えば素人作品の なろう系 なんてのはそれでも受け入れられてますよね。

大事なのはドラマ性、物語性なので、つまり読者はキャラクターの活躍や衝突を読んでるわけで、形成する世界の非現実性は割とどうでもいいんですよ。
それはドラマを彩り舞台を支える要素の一つである大切な要素ではあるけど、そういうところが物語の没入感に直結するわけではない。
つまり
>作品が本の中の出来事であると改めて明示することもあります。
こういう作品は、世界観の舞台を「舞台」として利用してる作品ってこと。
演劇の舞台って、当然のことお芝居だってわかってて見るわけだけど、楽しめるでしょ。
舞台用語で第四の壁ってのがあるけど、舞台を飛び降りたり舞台から観客に問いかけたり、舞台が「舞台」であることを利用しての演出があったりする。
このあたりは理解を深めるのに大変役立つと思うけど、そもそも物語としての本筋はそっちじゃないと思うのでほどほどが良いかなと思います。

ぶっちゃけ、虚構を虚構でないように見せる「嘘っぽい・嘘っぽくない」という発想が、若い。
読んでる人が虚構を楽しめるようにしなきゃ。

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: ファンタジーやメルヘンでのリアリティの度合いの決め方を教えてください。

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