小説の創作相談掲示板:小説の書き方Q&A。執筆の悩み相談をしよう!

さんまDXさんの返信一覧。最新の投稿順1ページ目

元記事:目標の必要性と文末についての返信

スレ主様の言われるところの「目標」と「目的」の違いが、もう一つよく分かりません。
文脈から察するところ。

1)目標=ストーリーの最終的な到達点

2)目的=ストーリー上の部分的な動機づけ

という感じでしょうか?

仮にそうだとして、ストーリーの目標は別にスケールの大きなものである必要はありませんよ。

1のような目標については、ビフォー・アフターと考えると分かりやすいかと。
御作の場合、ストーリーの前半では主人公が他人に不信感を露わにしたり遠ざけたりする状態がビフォーです。そして最終的に心を許せるようになった状態がアフターです。このビフォーとアフターをエピソードなどによって分かりやすく読者に見せれば、主人公が成長したことが読者に伝わりやすいという仕掛けです。

別の言い方で説明すると、「キャラの成功条件を設定する」とも言えます。何をクリアすれば主人公が成長したと言えるのか読者にしっかり示すということです。

なので、

>人間の世界で大嫌いな人間に段々と心を許していくような、主人公の成長物語を描いたものです。当然カタルシスが得られるような結末です。

そういう結末で、読者が主人公の成長を感じてカタルシスを得ることができるように書かれているなら、それも立派な「目標」ですよ。

   *   *   *

文末について。

日本語というのは過去形と現在形が曖昧で、現在進行しているシーンの叙述に平気で過去形がまざるんですよね。

野球の実況中継を思い浮かべてください。

「打った~! これは大きいぞ! 打球がのびる、のびる! ライト、バックする、バックする! 向こう向きだ~! 入った、ホームラン!」

この文章の中の「打った」と「入った」はアナウンサーが確認してから言っているので、過去形になります。ただし、過去と言っても一瞬前の過去なので、ほぼ現在なんですね。

小説におけるキャラの行動を描写する文章も同じで、現在に近い過去形の連続で十分臨場感を出せるのです。売られているラノベの文章がスレ主様より上手いと感じられたとしたら、そういうことを踏まえて緩急を付けているからだと思います。

上記の回答(目標の必要性と文末についての返信の返信)

スレ主 さんまDX : 0 投稿日時:

目標と目的の違いについて、あまくささんの認識で合ってます。

>1のような目標については、ビフォー・アフターと考えると分かりやすいかと。
御作の場合、ストーリーの前半では主人公が他人に不信感を露わにしたり遠ざけたりする状態がビフォーです。そして最終的に心を許せるようになった状態がアフターです。
なるほど、非常に分かりやすいです。
主人公の心の状態が大きく変化していくことをはっきりと読者に伝えることで、"目標"たるものとして十分となる、ということですね…!

>小説におけるキャラの行動を描写する文章も同じで、現在に近い過去形の連続で十分臨場感を出せるのです。
臨場感を出すために緩急をつけている。なるほど。
納得いきました。参考にさせていただきます!

アドバイスありがとうございました

カテゴリー : キャラクター スレッド: 目標の必要性と文末について

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元記事:目標の必要性と文末についての返信

たぶん、スレ主さんが言う目的というのは「キャラクターの目的」のことで、目標のことは「ストーリーの目的」のことかなと思う。
ちなみに、私も言葉の扱いは適当だからよくごっちゃにするけど、言葉の定義としては「目的」が最終的なゴールのことで、「目標」はその途中にある中継地点のようなもの。目標を目指して目的に至る、みたいな。目標はステージのボスで、目的はラスボス。

確かに「魔王を倒す」といった場合は、主人公ないしキャラクターの目的が何にしろ最終的に魔王を倒したら終わるので非常にわかりやすく、またこの場合「キャラクターの目的」と「ストーリーの目的」が一致していることが多いため、何も疑問にはならないでしょう。
一方で少し複雑になると、物語としては「魔王を倒す」ことで話が終わるんだけど、主人公の目的は「いなくなった兄を探す旅」であって、途中で兄が魔王軍幹部であることが判明して、その事情を解消するために最終的に魔王と戦うことになり、兄を救うために魔王を倒して物語は終わる。という話の場合、キャラクターの目的とストーリーの目的が別になる。
ここでもまだストーリーの目的があるからまだわかる。
でも、中にはそういう最終目的が設定されてない場合もある。
例えば「世界を知るために旅に出た」といった場合、キャラクターの目的は見聞を広めること・好奇心を満たすことであって、そこに終わりはない。
じゃあどうするか? という問題だよね。

これは、単純に「落とし所を決めよう」という話でしかなくて、「目的のために主人公は行動するからこれを決めるのは大事」といった意図としては「キャラクターの目的」のほうでそれは果たしてるから、「ストーリーの目的」は、まあ「兄を探して魔王を倒す」の例のようにキャラの行動と物語の顛末を絡めるなら重要になってくるので少し複雑になるけど、今回、スレ主さんの場合は「キャラの成長」なので、キャラクターの目的とストーリーの目的は切り離してしまっても問題ないでしょう。
例えるなら「ドラえもん」みたいな一話完結型と似たようなものですかね。
ドラえもんの最終回はどのようなものが相応しいと思うか。
そういった考えでみれば「落とし所」を決めればいいだけだとわかると思う。
まあ、「主人公の成長物語を書いている」と言っているので、最終的な落とし所は「これ以上ないくらいに成長したと言える事」を書くことで、それが「ストーリーの目的」と言えると思う。
んーと、例えば、序盤かプロローグとかで主人公が師匠に諭されるような説教を受けてる場面を置く。「おまえは人を嫌いすぎている、信じる心が魔法の力だというのに。一度ココを離れて人の世で暮らすがいい」みたいな感じで。そうすっと、これは一見ただの導入にしか見えないけど、最終話で師匠が主人公に会いに来て弟子の成長を確かめる事が起こって、師匠に「成長したな」と認められる。微笑んで返事する主人公。これで終われる。
これはただの適当例だけど、こんな風に「落とし所」を考えればいいだけですね。

文末については、経験の差だね。
といっても、能力自体は既にスレ主さんも持ってると思うよ。
実際、この相談文には
>文末がどうして(中略)ぎこちなく感じます。
>しかし実際に売られているラノベを読んでみると、(中略)ように感じてしまいます。
>なんだか私の書く文章が幼いような気もしてきます。
と、連続で「~~ます」という文末だね。
でも、全然引っかかることはなかったよ。幼いようにも感じなかった。
じゃあなんで小説だと引っかかってしまうのか。
誤解を恐れず端的に言えば、スレ主さんが書いてる小説が作り物だからだよ。
肩の力が入りすぎてるんじゃないかな。
ようは、「幼い」んじゃなく「ぎこちない」という表現のほうが適切なんじゃないかなと思う。
だから、経験の差。慣れればすぐ違和感はなくなると思う。
文章能力という意味では、スレ主さんは既にそこを克服するだけの能力はあると思うから、あんまり気にせず楽に書けばいいと思うよ。

>ラノベの新人賞に求められる文章力
理解できる日本語。
本当に、そんだけ。
確かに小説は文章で表現するものだけど、文章そのものにとらわれすぎ。
小説は文章で表現されるものだけど、小説は文章を読むものじゃなくて物語を読むものでしょ。
大事なのは文章力なんかよりも物語の構成力。

例えば、
絵は凄く綺麗で細かくて素晴らしいけど、内容は1㍉も面白くない漫画と、
絵は壊滅的で上手い小学生に描かせたほうがマシだろってレベルだけど、内容は神がかって面白い漫画、というのがあったとして。
スレ主さんなら、どっちを読みたい? 圧倒的に後者じゃない?
イラスト集だと思えば前者も読めるけど。
小説の文章ってのは漫画のイラストと同じようなモンなんで、上手けりゃ上手いに越したことはない。
けど、そんなものより重要なものはある。

上記の回答(目標の必要性と文末についての返信の返信)

スレ主 さんまDX : 1 投稿日時:

>今回、スレ主さんの場合は「キャラの成長」なので、キャラクターの目的とストーリーの目的は切り離してしまっても問題ないでしょう。
なるほど、主人公の成長し切った姿が落としどころということですね…!
そこまでの過程を成長の原因(?)となるストーリーで構成していけば良いわけで。

>誤解を恐れず端的に言えば、スレ主さんが書いてる小説が作り物だからだよ。
肩の力が入りすぎてるんじゃないかな。
やはり慣れの差なのですね
普段の文章と私の書く小説に生じる差(違和感)というものを可能な限り小さくしていこうと思います。慣れで。

新人賞に求められる文章力について、どうやら少し難しく考えてしまっていたようです。
もう少しリラックスして書いて行こうと思います

アドバイスありがとうございました
色々と分かりやすい例もあって助かりました!

カテゴリー : キャラクター スレッド: 目標の必要性と文末について

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元記事:登場人物同士の仲が悪いことについての返信

最終的に仲良くなるんなら、そりゃ喧嘩するほど仲が良いのレベルじゃないのかな。
仲が悪いこと自体は、馬が合わないとか意見が食い違うとか、そもそも二人以上のキャラクターが衝突する要素であって、普通に良い手。
衝突が作れればキャラが立ちやすいからね。

そういう衝突があるコンビなんかを題材にする場合は、例えば刑事ドラマとかでは定年間近の熟練刑事と新人フレッシュな若手刑事とで捜査の方向性や意見が食い違って衝突が起こったりするのが王道だけど、これは衝突することで「熟練刑事一人では不可能だった」「若手刑事だけでは無理だった」という状況や展開があってはじめて活きてくるので、
つまりは、ヒロイン二人が仲悪いことに意味はあるのか、という所が問題で、それを設定や雰囲気だけでなくちゃんと物語に活かせているのであれば、心配することは無いと思う。
活かしきれてないなら、選評で「仲悪いと良い部分が見えにくい」みたいな反応があるかもしれない。
活かせてるならむしろ「それが良い」になるから、気になる部分こそしっかり面白く書けてるか(そこが面白いと言えるように演出できてるか)って事じゃないかな。

上記の回答(登場人物同士の仲が悪いことについての返信の返信)

スレ主 さんまDX : 1 投稿日時:

コメントありがとうございます
確かに仰る通りで、それが物語に活かしきれていなければ意味がないですよね
そういう設定になるよう執筆します

カテゴリー : ストーリー スレッド: 登場人物同士の仲が悪いことについて

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元記事:補足

>そもそもの話、新人賞において「ヒロインたる登場人物同士の仲がひどく悪いのはよろしくない」という認識が無ければ良いだけなのですが

そんな認識はないだろうと書きましたが、一応補足すると、描き方次第というところはあると思います。

不仲の描写にしてもあまりギスギスしすぎていると拒否感をいだいてしまう読者はいるかもしれません。ストーリーの後半ではそれが修復される予定でも、

◎この作品は後半まで読めば真価がわかる。

作者がこう考えるのはNGなんですね。前半で嫌われると後半まで読んでもらえませんから。

そういう意味で、

>・AとBは銃を向け合うこともある
>・BはAに対してひどく毒舌(悪口も言う)

これはやりすぎか? と心配されているのなら、妥当な心配と言えなくもありません。

ただ。

「銃を向けあう」というのが出てくる時点で、少なくとも日常ものではなく、多かれ少なかれ物騒な要素は含んだ世界観だと思うんですね。
そういう作品を好む読者であれば、多少の殺伐さには耐性があるはずだと考えられます。それならば上記の2項目くらいは基本的には大丈夫だろうと思った次第です。

なので、繰り返しますが、

1)前半で仲が悪くても、後半修復する。あるいは無二の親友になる。

2)最後まで衝突はするが、ストーリーの要所要所で、実は内心では互いを認め合っていることが仄めかされる。

このどちらかは入れる方がよいようには思います。そして、1の場合も序盤からそうなりそうだと読者に予想させるフラグを入れるなどの工夫は必要かも。
リコリコはわりとそんな感じだったので、やはりあの作品は参考になりそうな気がします。

上記の回答(補足の返信)

スレ主 さんまDX : 0 投稿日時:

(No.3含めて)
コメントありがとうございます
実は私もリコリコ見る予定で……(まだ見ていない)。まさかそんな作品(千束とたきなが前半の方は仲悪いこと)だったとは知りませんでしたが、分析します
あまくささんの仰るようなその二つのどちらかを入れられるような構成にします

カテゴリー : ストーリー スレッド: 登場人物同士の仲が悪いことについて

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元記事:一人称での戦闘シーンの書き方についての返信

概ねあまくささんの回答に沿った答えで、一人称で書くなら心理戦・頭脳戦に重点を置くのが良い、戦闘シーンだけ三人称にする場合は新人賞で 実力がない と判断される、と思います。

でも個人的には
>戦闘シーンは一般的に三人称で書くのが良いとされていると思います。
これは どうかなぁ と感じる。
というのも、結局三人称でも場面場面で視点は誰かに合わせるので、三人称では「誰を中心に書いた戦闘シーンか」という事の「誰」に自由度があるだけだから一人称とあまり差はないと思う。
この「誰」つまり視点主を、三人称とはいえ戦闘中にコロコロ変えたらわかりにくいわけだし、あくまで「誰の戦闘か」というのは固定される。そして多くの場合それは主人公側の視点になりがちなので、最初から主人公固定の一人称とさして差はないのではないかなと。
一人称でも三人称でも手法の違いで書きたいことが書けないということは、あまり無い。あると感じるならそれは工夫が不足しているのと、自分の個性や癖が手法に合わないだけ。

ええと、例えば
 主人公は剣を振り下ろした。相手も剣でそれを受け止める。そこへ死角から暗殺者のナイフが主人公へと襲いかかった。だが、そのナイフを払ったのは相手だった。相手は対等な戦いを望んでいる。
と、超箇条書きだけど、こういう 主人公のこと 相手のこと 第三者の暗殺者のこと を視点を変えずに一気に書くのは三人称が向いてる。
でもこの例は、
 俺は剣を振り下ろす。迎える相手も剣で受け止めた。すると相手は態勢を変え、キン、と金属音が響く。ナイフだ。相手ではない、誰かが俺を狙ってナイフを放ち、それを相手が払ったのだ。少しの戸惑いを感じたが、相手の気持ちは十分に伝わってきた。
とか、同じ展開を書こうと思えば書けるし、別にこの両方の場合に特に差はないと思う。
一人称は視点主が知らないことは書けないから、書けるようにする工夫が必要で、それが出来るかどうかが作者の向き不向きと癖になると思う。

三人称で書く場合、言ってしまえば「他人に自分がどう見られてるか」を書ける。
同じことを一人称で書く場合、「自分が相手にどう見られたいか」を書ける。
言葉にしてしまえば客観性と主観性の違いだけど、人それぞれの個性としてそういう違いはあるしそれがそのまま文章の個性にも出るだろうと思う。

一人称だと、極端な話、自分(視点主)の中だけで完結しても画になるから、自分の中を中心に描写する心理戦なんかは向いてるってことになる。
だから実用的な例で言うと、
 虎の子の銃には弾丸が三発。機会を伺って三発以内に相手を仕留められるだろうか。撃てば相手に銃の存在を知られる。警戒するだろう。だからこそ、最初のこの一発が勝利の鍵になる。
とか、まあ心理戦の具体例を短く書き起こすのは難しいけど、ようは主人公が戦闘の作戦や相手の狙いや相手の弱点あるいは自分の勝利条件なんかを心の中で自問してその作戦の組み立ての流れを戦闘シーンに仕立てるって書き方ね。
参考例としては漫画ハンターハンターの戦闘シーンとか、漫画にしては説明文が多くて、あれは三人称で解説が入ってるけど、演出自体は内面の表現が多用されてて一人称的な演出だと思う。
一度ハンタの適当な戦闘シーンを一人称で書き起こしてみるといいんじゃないかな。死角から来る攻撃を視点主から死角を書けないから、それをどう一人称に変換するか工夫しながら。

一方で三人称だと、状況を俯瞰的に書けるから、でも三人称とはいえ視点は誰かに合わせているから、つまり「俯瞰的な周囲」から「視点主という自分」がどう見られてるか、どう見えるか、を書くことになる。
ということは、多角的に視点主を捉えるのが得意なので、「主人公の中で完結してればいい」とかじゃなく「ちゃんと説明したい」戦闘に三人称は向いてると思う。
だから、そうだな……
人物の強さだけをアピールしたい場面とかで雑魚か街のヤンキーをボコる的な場面だと相手はどうでもいい雑魚だから人物の強さだけ、その内面だけで完結する。他には正体不明の敵との戦闘とか、視点主の人物だけで完結する戦闘は一人称のが向いてる。
対してライバルとの戦いとか対等にしたい場合、「視点主が相手をどう見るか」と同じかそれ以上に「相手が視点主をどう見るか」を書きたい場合は三人称が向いてる。

ただ、最初に書いたけど、向き不向きはあるにはあるけど、三人称で書いても視点主にグッと寄せた書き方をすれば一人称と変わらないし、一人称で書いてても工夫次第で三人称でやりたいことは書ける(状況によっては手間がかかるが)ので、
まあ、「三人称でも視点主にグッと寄せれば一人称と変わらない」という時点で手法の自由度は三人称のほうが勝ってるし、それをもって 戦闘シーンは三人称のほうが良い というのは、そうかもしれんけど、という感じ。

すでに質問の要所には回答したと思うけど、一応。
>・一人称と三人称での戦闘シーンでは、描写という観点で書き方にどのような違いが生じるのか
三人称ないし三人称的にイメージがあるのであれば、描写というか「一人称に適した演出」に変える必要がある場面が出てくると思う。
例えば、普通に戦ってるだけのシーンも視点主の思考にグッと寄せて上に書いたけど 戦術の組み立ての思考を戦闘シーンにする みたいな。

・一人称で書く場合の注意点
普通に一人称の主観性を失うような事はするべきじゃないかな。

・私が書いている作品の中に登場してくる武器は槍や剣、斧、銃器ですが、どういうシーンなら場が盛り上がるか(魔法は存在しない世界です)
盛り上がる場面の作り方は魔法があろうと無かろうとファンタジーだろうとSFだろうと同じ。
その中での一例で言うなら、やっぱ奥の手じゃないかな。相手が知らない自分の奥の手、自分が知らない相手の奥の手。それらがいきなり出てきても違和感がないよう上手く布石を置く。
例えば、「使えなかった必殺技を練習してピンチになったときやっと使えるようになった」っていう古典的な王道少年漫画的展開と、「トラウマで使えなくなったが、それを克服し味方のピンチに使えるようになった」って展開は、これ同じ展開だとわかりますよね。
「使えない理由」が「未熟だから」と「トラウマがあるから」で違うのと、使えるようになる過程が違うだけで、内容は同じ。
であれば、恋愛漫画でもジャンルが違う適当なのを読んで、そこで盛り上がる展開を戦闘に変換すりゃいいと思うよ。

・最悪三人称にする予定
止めた方がいい。
けど、三人称にする理由があるのであれば、それは問題ない。
例えば主人公は鷹の目で戦場を俯瞰的に見れるという設定があるとしたら、三人称というのは三人称に見えるだけで鷹の目を表現している描写だから、一人称でありながら三人称で書ける。
そういう工夫、アイディア、理由があるのなら問題ないと思う。

上記の回答(一人称での戦闘シーンの書き方についての返信の返信)

スレ主 さんまDX : 1 投稿日時:

詳しい説明ありがとうございます!
分かりやすくて助かりました。
一点確認よろしいでしょうか?

>例えば主人公は鷹の目で戦場を俯瞰的に見れるという設定があるとしたら、三人称というのは三人称に見えるだけで鷹の目を表現している描写だから、
仮にこのようにする場合、その人物が俯瞰的な視野を有していることを、当該戦闘シーンの前でストーリーとして触れておく必要はありますよね?

カテゴリー : 文章・描写 スレッド: 一人称での戦闘シーンの書き方について

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元記事:壮大なスケールで描く群像劇でも面白く書けるコツ

質問です。

物語のスケールが壮大すぎる群像劇でも面白く書けるコツなどはありますか?

まず、群像劇という時点で、読者の対象幅が狭まってしまいますし、壮大なスケールってなるとそれなりの工夫が必要になります。

漫画の「ワンピース」みたいな、途中で盛り上がる部分をコンスタントに用意したり、伏線を置く→ここぞというタイミングで回収→また伏線を置く→ここぞというタイミングで回収、みたいに、話が盛り下がらないようにしたりすることでしょうか?

よろしくお願いいたします。

上記の回答(壮大なスケールで描く群像劇でも面白く書けるコツの返信)

投稿者 サタン : 3 人気回答!

群像劇の面白いところは複数の主人公がいて、彼らの人生が交錯し一つの物語になるところ。
スレ主さんがどういう面白さを求めてるのかがわからないけど、人生の交錯が面白味である以上はその「人生」のどこに注目するかってのが最初のコツ。
ラノベつまり10代向けエンタメと考えるとキャラクター性に注目するのがやりやすいだろうから、キャラを作るのが上手い人は群像劇書くのも上手いと思うよ。
ストーリー面で言うと、群像劇は話の中心に明確な核になるものを用意するのがコツだと言われてる。
ラノベで群像劇を書く成田良悟の バッカーノ は「不死の酒」をめぐる騒動の話で、同作者の デュラララ は話題によってガラッと変わるけど一応は「デュラハンの首」が中心にある。
原作は群像劇ではないけどノベライズで前述した成田良悟や虚淵玄なんかが担当し群像劇で書かれた Fateシリーズ は「願いを叶える万能の聖杯」を求める話。
例に挙げたのはラノベで有名どころだけだけど、ひと昔前のハリウッドのパニック映画とかはだいたい群像劇のテイストで、インデペンデンスデイとかアルマゲドンとかディープインパクトとかあの時代の有名パニック映画は割と同じテイストが多かった。
というのも、群像劇のコツである「何か明確な核を置く」って作り方がパニック映画の「隕石が地球に落ちる」とか「宇宙人が攻めてくる」とかってテーマ作りと超絶ハマったため。

もっと大人向けの群像劇だとヒューマンドラマになるから一番最初に書いた通り「どういう面白さを求めるか」で変わってくるけど、
基本的にエンタメの枠で簡単に言えば、群像劇ってのは「『何かの問題』をみんなでなんとかする話」とか「『何かのアイテム』をめぐる話」とか「『何か』を奪い合う話」とか、そういうのが多い。
デスゲームとかも負けると退場するからやりにくいけど設定としては「命」ないし「生存権」を奪い合う話だから群像劇に向いてる設定。

で、それを面白くするコツはっていうと、群像劇だから3人以上の主人公がいて、てか理想はサブキャラ含め全員が主人公なんだけど、その主人公たちがどのタイミングで誰と誰が出会うのかとか、そういう計算じゃないかな。
基本的には 主人公ごとに物語がある わけで、イメージとしては例えば4人の主人公がいるとすると4つの短編小説があってそれをシーンごとに切り貼りして一本にしましたって感じ。あくまでイメージでは。
愚直にそれをやったら短編を切り貼りしてるだけじゃ話が交わらないので「人生の交錯」がないし、群像劇としては面白みに欠けるけども。
だから、物語の面白さとしては、その短編それぞれが面白いってことが前提になるから、群像劇としての面白味はあくまで それぞれがどう交錯するか ってとこになると思うよ。
古典的だけど、主人公に負けたライバルとラスボス戦で共闘するとかって展開はやっぱ少年には熱いじゃん? そういう、ピンチになって思わぬ助っ人が現れるみたいな展開が「交錯」する場面で作れるのよ。それをやりやすいのが群像劇の利点でもあるから、意図的にそういう構図を描いていくって計算がコツじゃないかな。

あとは、自分はもう群像劇は書いてないのだけど、以前書いて思ったのは群像劇ってそういう出会いと別れみたいなとこがあるから、一回話を書き終えちゃうと主人公Aと主人公Bが知り合いになっちゃうし、別々の話にしにくい場合があるのよね。「それ主人公Bに相談すりゃ解決じゃん」みたいになっちゃう。
主人公同士が交錯するんじゃなくて完全に交わっちゃう展開にしちゃうと、もうそれ群像劇じゃないから群像劇に戻すには別の力で強引に離さないといけなくなる。逮捕されるとか誘拐されるとか。
だから、一作ではなく「スケールが壮大」とあるので、続き物で長く書く場合、主人公同士ないし主人公の勢力同士は付かず離れずの距離感にする・離れたら連絡も取れなくなるよう設定するのが 続ける コツだなぁと思ったかな。

カテゴリー : ストーリー スレッド: 壮大なスケールで描く群像劇でも面白く書けるコツ

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投稿日時:

元記事:ミステリーと警察

本です。推理小説が好きな本です。

書こうとしているミステリー小説でひとつ悩んでいることがあります。警察の登場です。
殺人が起きれば呼ばれる警察ですが、どうも登場させることにためらいがあります。
そこでお知恵を拝借したいのです。ミステリー小説のなかでどんな設定であれば、警察が来ないことを自然と受け止めてもらえるでしょうか。
書きたい形が、警察を登場させず身内でどうにか解決しようというものです。

絶海の孤島、悪天候、電話が圏外など...警察が現場に到着しない要因(設定)はいろいろありますが、これだと思うものが思い浮かびません。

書こうとしている小説の設定は以下の通り。
・田舎の邸。そこそこ広い。
・季節は真夏の8月某日。
・悪天候(大雨)にはなる。
・邸に通じる道はつづら折れの坂道。

上記の回答(ミステリーと警察の返信)

投稿者 蛇鷲 : 0

オーソドックスなものはだいたい出てるようなので、とりあえず案を三つほど
第一に、警察が来れないのではなく事情があって呼べない、というのはどうでしょう?
例えば家主に後ろめたい事情があり事件を通報しようとした人物を手にかける、やくざの慰安旅行中、とか。

二つ目は荒っぽいけど手始めに警察がつぶされているというもの。
田舎の駐在所なんか大半一人なうえに訪れる人なんかほとんどいないですから、最近あったようにぐさりとやられてもしばらく気づかれません。たぶん通報後いきなり警察署から警官が大挙来るのではなく、まず近くの駐在が現場へ行ってそこから応援要請があるというシステムなので、指示を受けてまず駆けつける人を消せばしばらく時間は稼げるはず。警察に定時連絡があったら成り立ちませんけど、それでも目くらましにはなるかと。

第三案としては余計な事件事故が起きている最中に事が起きる、というものを。
地方警察は人手が多いとは思えませんし、大事件事故にも慣れていなさそうというイメージがあります。そこで、付近でド派手な事件事故を起こしてしまえば本題の事件に手を割けないような状況に追い込めるかと。
あさま山荘立てこもりの時、県警はほとんどその件にかかりきりだったという前例があるので、リアリティは第二案よりあると思います。

カテゴリー : 設定(世界観) スレッド: ミステリーと警察

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元記事:バトルシーンに関するスランプについて

連投させてもらってすみません。早急に意見を頂きたいことがあったのでコメントさせてもらいます。
メディアを問わずバトル系作品には多くのザコキャラ(大半がモブ)が登場します。
ザコキャラはほぼ確実に主人公達に敗北する訳ですが、それでどういったパターンを採用するかで悩んでいます。
私の思いつくザコは主に下の二パターンだと思います。

1.北斗の拳パターン
ザコキャラとしては王道中の王道ですね。ケンシロウみたいな強い主人公に瞬殺されるのがお仕事の方達。
書くのが楽な反面、多様しすぎると陳腐な内容に陥りやすいのが難点。
2.ジョジョ3部パターン
主人公達を苦戦させるけど、最終的に何かの拍子で逆転される方達。具体的には承太郎にオラオラされたスタンド使いですね。
これもあまり続きすぎると陳腐になってしまうリスクがある。

バトル作品を書いているとこれらをどう使い分けるか、で悩んでいます。
基本は2を使うのですが多用しすぎると、上記の承太郎みたいに「どうせまた承太郎がオラオラして勝つんだろ?」みたいに思われるのが嫌で、どうも匙加減が難しいです。
というか、特段弱くないネームドキャラが相手でも上記のザコキャラパターン2みたいな構図の戦闘シーンが多くなるのですよ。
特に承太郎に関しては、あの大作家である荒木飛呂彦先生の手がけたジョジョですら発生している問題ですから、バトルは難しいとよく思います。
ちなみにこのことを例の知人に話すと「そもそも小説でバトルを書くこと自体が無意味な行為だから今すぐバトルを書くことをやめろ。それ以外で話を盛り上げられないならそもそも小説自体書くな」と言われました。

他にバトルを書いている皆様、ご意見をお願いします。

上記の回答(バトルシーンに関するスランプについての返信)

投稿者 ポコポコ : 0

私は、意見を言えるほど本を読んでませんが、オーバーロードを参考にして見ては、どうですか?凄く戦いにはためになりそうです。

カテゴリー : やる気・動機・スランプ スレッド: バトルシーンに関するスランプについて

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