人それぞれ。
小説っていう媒体を考えたとき、キャラクターイメージとは作者が押し付けるものではなく読者が読み取るものなので、大雑把なイメージが出来ることがクリア出来てれば問題ない。
だから、大人の女性をイメージしてるのに読者にはロリっ子に誤解されるみたいなことでもない限りは、正直どうでもいいレベル。
ただ「作者が強くイメージ出来ている」というのは一個の武器で、それはビジュアルではなくキャラクターの性格や思想など、ちょっとクサい言い方だがキャラの魂を創造出来ているというのは描写や演出や展開自体に少しづつ影響してって、それが積み重なって作者の強味にもなる。
そして、その過程で「ビジュアルも正確に決める」ということもある。
例えばキャラクターのシルエットもキャラの人生の現れなので、ショートカットなのは女性としての自分にトラウマがあるからとか、夏でも長袖なのは傷を隠したいからとか、目つきが鋭いのは実は視力が弱いが眼鏡もコンタクトも嫌いだからとか。
つまり「見た目で決めるデザインセンスではない」って感じかな。
また、小説には絵がないので、キャラクターを一個のキャラクターとして引き立てるために「シンボリックなものを用意する」って手段があって、まあそれは漫画でもアニメでもゲームでもキャラ造形では考えるものだけど、絵がない小説にもこれは当てはまって、
例えば剣といえばこのキャラ、槍と言えばこのキャラ、あるいは炎と言えばこのキャラ、氷と言えばこのキャラみたいなのは作品ごとにあるでしょ。
それと同じで、オタク的なコメントをするのはこのキャラとか鋭い指摘をするのはこのキャラとか、要素だけでなく役柄でも印象付けることでそのキャラのシンボルにしていったりする。
そして、そのために外見を使うこともあるので、ある程度のデザインは決めたりもする。
>映像化される作品と言うのは
漫画化・映像化されたりする場合は、作品から読み取ったものを形にするプロのキャラクターデザインっていう担当がいるから、そもそも我々の仕事じゃないのです。
>どのような経緯を経て、誰もが知るようなキャラクターデザインになるのか気になり
原作者として出来ることは、どれだけ印象的なキャラクターに出来るか、というくらいじゃないかな。
そしてその印象というのは、エピソードで決まるので、デザインではないです。
更に言うと、そのエピソードとは「一つのまとまった話」という意味でもあるけど、話題という意味にもならないほんの一幕のキャラのやりとりでも成立することがあるので、そういう作者の意図しないところのエピソードが読者に拾われて、結果「作者が意図してないキャラが人気になった」なんて事が起こったりします。