第一に忠告として、所謂鬼畜ヒーローは半ばイジりや茶化しが入っている評価であり、多分如月さんが望んでいる方向の人気ではないかもしれないということです。
第二に鬼畜ヒーローが素直に受け入れられる土壌として「敵がそこまでされてもしょうがない気がするレベルで邪悪である」ことです。
如月さんはなろう系を嫌っておいでですが、実はああいった作品の主人公が受けている批判の一つに「敵に必要以上に残忍な仕打ちをするからサイコパスに見える・主人公の方がよほど邪悪に見える」というのもあります。
これは書き手が演出した敵の邪悪さに対して、主人公の見せた残虐性が不釣り合いであったが故に起きていると思うんです。
逆に成功例として仮面ライダークウガの「愛憎」というエピソードがありまして、この回で主人公の五代雄介は敵怪人のゴ・ジャラジ・ダをマウントポジションでボコボコにしたり普段より苛烈なやり方で痛めつけたのですが、五代の「聖人」という評価は揺らいでいません。
というのもこの回でボコボコにされたジャラジは罪のない高校生達が、自分の手で恐怖し絶望しながら死んでいくのを面白がる腐れ外道である事がこの前のエピソードでしっかり描写されており、これ位やらない事にはもう溜飲が下がらないという程でした。
自分的にはこの話のリザードマンは寧ろまだまだ人間臭く映えちゃいますね、もっと「人里から攫った幼い子供の全身の皮膚を生きたままひん剥いて頭巾にしている」位のゲスさとか、徹底した個人主義で弱った同胞なんかも「弱者が死ぬのは自然な成り行き」とか言って平気で切り捨てて共食いまでするくらいの冷たさが必要な気がします。
それから、このキャラは現時点で見る限りは敢えてリザードマンに横暴を働く必要性・意味は薄いんですよね、なんなら(リザードマンの価値観がどれだけヒト寄りか不明とはいえ)状況的には寧ろ表面上だけは親切にしてた方が賢明で、あまり好ましく無いまである。
じゃあ件のキャラに横柄な振る舞いをやめさせればいいかというとそれも違って、ここはまあ精神面で理由を付けて補強するのが得策でしょう。
自分が勝手に考えた物になりますが、たとえば「エリザベートは自分の龍としての姿が嫌い」とかでしょうか。
単純に(多分)美人な人間としての姿に対して龍形態がギギネブラか貪食ドラゴンさながらにグロテスクであるか、あるいはそのものはかっこいいがエリザベートの美意識とは相当に食い違うとか。
だから(向こうとしては信仰・崇拝のつもりとはいえ)自分を龍と見做すリザードマンの視線が凄く許し難い、そしてそんなリザードマンに対する残虐性と彼らがヒトに発揮する残虐性が重なって益々エリザベートは自己嫌悪を深める…みたいな。
この辺に焦点を当てると、自ずとエリザベートのアイデンティティに対する苦悩が話の中核になり、仲間入りに関しても狩人故に自然や獣と親しんだ主人公から「龍か人かと言う以前にアンタはアンタだろ」と肯定してもらえたとかになりそうです。